旅の途中で立ち寄った小布施の町

今回の旅のコースにはなかったのですが、道路の標識に「小布施」の文字を見て、立ち寄ることにしました。このいい加減さは、気ままな仲間同士の旅ならでは。
観光客が多くいましたが、年齢層が若いのにびっくり。とにかく十代のお客さんが目につきました。加えて外国人の多さも目立ちました。P1020925

散策コースはきれいに整備されて石畳となっており、好感が持てました。

 

 

 

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一番の目的はここ「小布施堂」。小布施が現在のような観光スポットとして注目を浴び、多くの観光客でにぎわうようになるまでの中心的な場所だったと記憶しています。
和菓子屋さんですが、中は宝石店のようです(写真は残念ながらありません)。

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栗羊羹を購入しました。結構な値段ですが、宝石と思えば仕方がないか。

 

このあと岩松院(がんしょういん)に行き、葛飾北斎晩年の作という本堂の天井絵を見に行きました。


新潟のへぎ蕎麦は最高っ!

このたびの新潟旅行の主たる目的は、長岡の大花火見物と、旨い蕎麦を食べることでした。
ところが、旅の初日に食べた蕎麦は、昼・夜とも期待外れで大いに意気消沈していたのです。P1020952

でも、翌日に「へぎ蕎麦」(上の写真)を口にした途端、これまでの憂さが一気に晴れました。
へぎ蕎麦は、つなぎに海藻を用いているところが特長で、「へぎ」とは、蕎麦を載せている器なのだそうです。
一口分ごとに並べられた蕎麦は瑞々しい艶を放ち、角がしっかりと見えています。
そうなんです。平茂寬は蕎麦の断面の角がきりっと立って見えるやつが大好きなのです。
口に入れた直後から、つるりとした感触が味わえます。噛むと満足の腰で応えてくれました!
もう、何も言うことはありません。P1020953
天ぷらも、かりっと揚がって文句なし。どれも美味しかった~。
満足しました。これだから旅は楽しいんです。


風呂と津山松平藩が意外なところで結びついた!

次作の企画のために、江戸時代の湯屋(ゆうや=風呂屋)について調べています。
『江戸の風呂』今野信雄著(新潮選書)は、知りたい事項がコンパクトに、かつ分かりやすく書かれていて、とても参考になりました。img152

『江戸の風呂』の最後に、江戸後期の儒者・渋江抽斎の妻五百(いお)の話が書かれています。
五百は、十一、二歳のときに江戸城大奥に奉公していました。その頃、大奥では夜な夜な鬼があらわれるという怪事件が起こっていました。
ところが五百は、気丈にも鬼に立ち向い、これを捕らえたのです。捕らえてみれば鬼などではなく、将軍家斉の第十四男である銀之助でした(ちなみに銀之助のほうが二歳年上)。
銀之助は、言うまでもなく、文化14年(1817年)に津山藩主松平斉孝の養嗣子となり、第八代藩主松平斉民(確堂)になる人物です。

さて、この話がどうして風呂に結びつくかは、五百のもう一つのエピソードに触れなければなりません。渋江抽斎の妻となってからの話です。
ある日、抽斎の屋敷に三人の武士が乗り込んできました。大金を要求され、従わなければ斬りつけられる状況となったのです。
入浴中に異変に気づいた五百は、夫の危機を救うために、腰巻だけを身につけ夫のもとに駆けつけました。熱湯を入れた小桶を両手に持ち、さらに口に懐剣を咥えていたと言います。
夫を背にして立つと、熱湯の小桶を武士たちに投げつけ、懐剣を抜いて「泥棒」と叫びました。武士たちは、五百が現れたときから異様な姿に気を呑まれており、這々の体で庭から逃げだしたのです。
夫を守るために必死だったのでしょうが、五百が男勝りの勇猛な女性だったことは間違いありません。
この話で、風呂と津山松平藩を結びつけるのは強引だったかも(^_^)?
平茂寬は、ちょっとした、お宝を発掘したような気分になりましたよ。


湯田中温泉での夕食

平茂寬の旅の楽しみは、当地で食べる料理に尽きます。
長野県湯田中温泉「あぶらや燈千」での夕餉のひととき・・・。P1020934

 

部屋に入ると、折り鶴が出迎えてくれました。

 

 

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前菜。
穴子の煮こごり(右上)が美味しかった。

 

 

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お造り。
この日も暑かった。涼しげな盛りつけに思わず頬が緩みました。
料理だけでなく、お皿もよく見ておけばよかった、と今になって後悔。

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お品書き。
途中から、お酒と料理に夢中となり、写真を撮るのを忘れてしまいました。


馬頭観音の御利益は?

長野県の小布施町に向かう途中で、馬頭観世音があると聞き、立ち寄りました。
JRAの競馬開催日(日曜日)でした。旅行をしながらも馬券を買わねば気が済まないわけで・・・。それならば的中を神頼み(仏頼み)しようと、馬頭観音を参拝することにしたのです。P1020924
馬頭観音は道沿いにありました。十数段の石段を登ったところです。岩の割れ目の間にひっそりと鎮座し、なおかつ金色の光を放っていました。
平茂寬のような鈍い者でも霊感らしきものを感じました。今日はいけそうだソ!
紐を揺らして鰐口(わにぐち:上からつり下がっている大きな鈴)をからからと鳴らし、本日の勝利をお祈りします。賽銭箱がなかったので、賽銭はナシでお願いをしました(本当はもったいないのでケチッた)。
ところが、旅の同行者にして競馬名人のY氏は、賽銭箱がなくても、きちんと百円を納めてから祈ったのです。このあたりは心掛けが違う。

その結果ははっきりと出ました。Y氏は3レース中2レースを的中させ、平茂寬は3レースとも全敗。神仏は拝む人の行動をしっかり見ているようです。
でも、百円でこれほど差をつけなくてもいいのに~~(T_T)。
「あのときにケチらずに賽銭を納めていれば」と思っても、あとのマツリ。悔やんでも悔やみきれません。

「馬頭観音も金次第」 旅先の学びでした(罰あたりでご免なさい)。


「今までやってきたことに間違いはなかった」

懸命に頑張っているのに結果がでなかったとき、誰でも「これまでの努力は無駄だったのか」と、自身に対する怒りや今後への不安、あるいは諦めを感じるのではないでしょうか。
先日、私の大好きなアスリートが試合で完敗しました。ところが彼女は、試合後に「今までやってきたことに間違いはなかった」と言い切ったのです。
これは大変な驚きでした。なぜなら彼女が、どれほどストイックに体をいじめ抜き鍛えているかを知っていたからです。
年令はまだ20代後半なのに、どうしてこんなに心が強いのでしょう。
ともあれ、大いに力づけられました。
女子プロレスラーの宝城カイリ。美人レスラーとしてその筋では超有名ですが、試合ぶりはまさにプロフェッショナル。観る者の心をがっちり掴みます。http://matome.naver.jp/odai/2142487826037295001


長岡大花火のフェニックスに感動

8月3日に長岡大花火を見ました。
長岡市は戊辰戦争、新潟大空襲でいずれも焼け野原となりながら復興してきた歴史を持っています。大花火大会は、「復興への感謝」と「未来への希望」をテーマに行われており、今年は前日の2日を含め、103万人が花火見物に訪れました。P1030013

空襲警報のサイレンを思わせる音を前触れに、花火が打ち上がっていきます。
なかでも圧巻は「フェニックス」。平原綾香の「ジュピター」の歌声に乗って、視界いっぱいに花火が展開しました。なんと5分30秒を超える連続の打ち上げ。

動画は残念ながら途中ですし、実際は動画の3~4倍ワイドな巾で花火が打ち上がっていたことを書いておきます。
花火でこれほどまでに感動したのは、初めてでした。


奈良井宿(中山道)を訪れました。

奈良井宿(長野県)に行きました。これだけの宿場町の景観が見事に残っているとは!P1020891

こんな町並みがずっと続いています。P1020894

町並みの二階部分の低さと軒の迫りだし具合、さらには屋根の緩い傾斜が特徴だそうです。P1020895

 

早朝で、お店はみな閉まっていましたが、その分、気兼ねなく見物ができました。

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これから旅館で夕食なので、今日はここまで(^_^)。