南禅寺の水路

nanzennji南禅寺水路説明週末、京都に行きました。
写真は南禅寺の中を通っている、明治時代に造成された水路です。
今も水を湛えて立派に機能しています。

寺の境内でこのような構築物を見るとは! 正直、意外でした。

寺院が、建築を、よく許したなと疑問に思いましたが、当時は廃仏毀釈の真っ只中で、寺院も文句が言えなかったのではないか、との説明を、地元の方から受けました。なるほど。

技術的には、当時かなり画期的であったことが説明の看板からうかがわれます。


津山市の新しい景観。賛否あり。

P1010560平茂寛も気づかぬまま、こんな建築物が津山市の中心にできていました。

この写真は津山市の玄関である今津屋橋から撮影したものですが、再建した備中櫓の前に立ちはだかっています。テレビアンテナかなんかでしょうかね?

景観を無視しているとの意見をフェイスブックで読みました。
いろいろな条件とか経済的な問題とかあるでしょうから、致し方ないのかもしれませんが、せっかくの備中櫓がすっきり見えなくなるのは寂しい気がします。


オールカマーは⑨ダノンバラードを軸にする

阪神競馬場の神戸新聞杯も面白そうだが、今週は中山のオールカマーでいく。GⅠ入着級の馬が揃ったので、なかなか楽しめる一戦となった。

オールカマーで最も印象に残る馬は、平茂寛が高校生の時代に走っていたイナボレスだ。現在では考えられないが、サラ系で登録されていた。つまり100%サラブレッドではなく、アラブ(アングロアラブ種)の血が混じった馬だったのである。純粋のサラブレッドを花に例えれば、雑草のような存在だった。

当時の日本中央競馬会(今のJRA)では、アラブ種だけのレースが組まれ、重賞もあった。判官贔屓の平茂寛にとっては、当時からマイナーな存在であったアラブへの思いがあり、イナリトウザイというアラブ種の馬が、サラブレッドの重賞で勝利したときは、胸の空く思いがしたものだ。

イナボレスそのものも、雑草のような馬で、何度走っても故障しない頑丈な体をしていた。ニックネームは「走る労働者」。朧気な記憶で恐縮だが、イナボレスはオールカマー2回、金杯1回と、重賞を3回制したと思う。誠に立派な成績で、境遇に恵まれなくても、ここまでできるのだという光を与えてくれた。

本日の軸は⑨ダノンバラードにした。こちらはお父さんがディープインパクトだし、GⅠの常連とエリートに属する。逃げ馬ではないが、調教師のコメントが妙に具体的だったので。
ヒモは、②④⑪⑫⑮。

純メインでは、阪神10レースのムーンライトHC。軸は逃げそうな③シゲルササグリ。ヒモは⑥⑦⑧⑩⑪。


『隈取絵師外伝・忍者絵師』(短編):小説トリッパー誌に掲載。

拙著『隈取絵師』の外伝が、9月18日発売予定の『小説トリッパー』誌(朝日新聞出版 900円)に掲載されます。

過去の朝日時代小説大賞受賞者3人(乾緑郎、仁志耕一郎、平茂寛)の短編特集です。

今回は「忍者絵師」という副題を付しました。『隈取絵師』の始まりよりも、さらに3年遡った文化3年の江戸が舞台となります。
『隈取絵師』を読まれた方も、まだ未読の方も、お楽しみをいただける作品と思います。

なお、本誌では、第5回朝日時代小説大賞の受賞者も発表されます。

小説 TRIPPER (トリッパー) 2013年 9/30号 [雑誌]


ローズSは⑯ノボリディアーナ

毎週、日曜日のメインレースを含めた2レースを購入しており、うち、1レースの予想を恥ずかしげもなく公開している。
的中したときは格好がいいが、ハズれが続くと非常にみっともない。
ここしばらく「みっともない」状況が続いているのだが、少々、負け惜しみを書かせてもらうと、公開していないほうのレースは2週続けて的中している。
具体的には、準メインで的中し、メインで外すパターンとなっている。

そこで今週は2レースとも予想を公開してみる。
準メインは中山10レースの初風特別で軸は⑦ツインクルスター。中山1,200mと言えばサクラバクシンオーが印象に残る。その産駒であるツインクルスターには、父を髣髴させる逃げを期待したい。ヒモは①④⑨⑭⑯。

メインは阪神11レースのローズSで軸は⑯ノボリディアーナ。少々重そうだが、リフレッシュした逃げ馬は、意外な粘りを発揮するので期待した。ヒモは③⑦⑪⑫⑭。

さあ、どうなりますか。


岡山県の偉人の机

岡山県の偉人である岡崎嘉平太は、全日空の二代目社長にして、日中の友好に功績を挙げられた方です。嘉平太の生地である岡山県加賀郡吉備中央町には岡崎嘉平太記念館があり、貴重な展示物を見ることができます。

その中に岡崎嘉平太の机が展示されています。

P1010453ちなみに正面は母親の像。毎日じっと見詰められたら、落ち着かない気がしますが、嘉平太はとても母親を愛し尊敬していたようです。右上は日中の友好親善において、親しかった周恩来首相の写真です。
でも、一番感銘を受けたのは、整然としてすっきりしたところでした。これなら仕事がはかどりそうです。
なぜ、そう思うかって? それは、下の写真(平茂寛の机の風景)を見れば明らかです。その差歴然!

P1010479

 

 


馬方役人「召馬預」と奉行所与力が喧嘩

「召馬預」の職務は将軍が乗る馬の調教だ。
将軍の馬が火事で驚くようでは、いざというときに役に立たない。そこで「召馬預」は、火事が起きると訓練のために、将軍の馬に乗って出て、火事場に馬を近づけた。
葵の御紋の馬が出てくれば、人々は恐れて脇に避ける。これを見て調子に乗った馬上の「召馬預」は、回りの者を蹴散らしたり、突き退けたりした。
火消をする者にとっては作業の邪魔になるので、大変な迷惑となる。

天保十四年のことである。
町火消人足方与力(町火消の監督をする幕府の役人)の仁村廉之助は、こうした火事場での「召馬預」の蛮行に、日頃から不快な思いでいた。
十一月二十六日、本郷妻恋坂から出火した火災のときに、火事場に向かう火消人足団の後ろから、「召馬預」が鞭を左右に振り回して火消人足を払いながら、追い抜こうとした。
廉太郞は、ついに堪忍袋の緒を切らし、行き違いざま、「召馬預」を十手で打ったのだった。
十手は馬に当たり、驚いた馬は「召馬預」を振り落とし駆け出した。
今度は「召馬預」が腹を立てた。すぐに馬に乗り直し、駆け戻ると、廉太郞を火事場頭巾ごと引き抜いて、連れ去ろうとした。
ここで見るに見かねた者が仲裁に入り、一応の争いは収まった。

幕府の役職同士が衝突した、まさに燃えるような事件の結末はどうだったか?
将軍の馬の威光には逆らえず、無茶苦茶をした「召馬預」に軍配があがり、廉太郞が詫び状を書く羽目になったのである。


江戸幕府の馬に関する役人「野馬改方」「野馬方書役」

「野馬改方」は御抱席で四十俵三人扶持の役だった。定員は一人。
幕府の牧(放牧場)の野馬の数、江戸嬢に献上する馬の頭数を調べ、飼育状況を監査する役だった。

「野馬方書役」は御抱席で二十俵三人扶持の役だった。
幕府の牧の野馬に関する記録を行う。

以上で、江戸幕府の馬に関する役人は全てである。数えてみると160人以上が幕府の組織内において、馬に関わる役を得ていたことになる。

 


京成杯AHは⑩ルナを中心に。

先日、雪隠詰めなるものを体験した。
とある食堂でトイレに入り、出ようとしたら、ドアが開かなくなっていた。
ドアの外にいる同僚に連絡を取ろうとしたが、電話番号を知らない。
そこで、職場に電話して、職場から同僚の携帯に電話を入れてもらった。
ところが、同僚の姓と平茂寛の本名の姓がよく似ていたため、不審な電話だと思った同僚は電話を切ってしまったのである。
誰しも、急に自分の名を呼ばれ、雪隠詰めに遭っているから、助けてやってくれなどと、とんちんかんな話を聞けば、電話を切りたくなるのも当然だった。
二回目のチャレンジで、無事、話が同僚に通じ、店主の悪戦苦闘の末、事なきを得た。人生はいろいろなことがあって、本当に面白い。

さて、本日の中山メイン。⑩ルナは本命筋で面白みに乏しいが、逃げが間違いない以上、平茂寛の馬券戦術からは不動の軸となる。

斤量にも恵まれ、中山コースの相性も上々。さらに他に前に行きそうなのが、②ミッキードリームだけというメンバーなので展開的にも有利・・・・とはいえ、こんなときは意外と駄目だったりするのだけれども。

ヒモは①②④⑤⑬。

 


江戸幕府の馬に関する役人「野馬投役」

「野馬投役」は御抱席で五十俵三人扶持の役だった。定員は二人。

「野馬方」とセットで仕事をする。
「野馬方」が、埒内に追い込んだ野馬を倒して脚を縛り、焼き印をする役だった。

必死で埒内を逃げ回り、捕まれば大暴れする野馬の脚を縛るというのだから、かなり技能に慣れた者でなければ、無理であったろう。

余談になるが、平茂寛は、3メートル四方の枠の中を逃げ回る子牛(と言っても体重は200kg以上)をロープを持って一人で捕まえようとしたことがある。
結局、慣れていなかったため、まったく駄目だった。
ことほどさように、作業の方法をよく熟知し、手順にも慣れた者でなければ、牛よりももっと活発に動く馬を相手にするのは、無理だと思える。