江戸幕府の馬に関する役人「野馬奉行」

「馬預」支配の役。世襲で、綿貫村に住み、綿貫鍋三郎と代々称する。古くは代官をつとめた家で千石余高の郷士だったが、後に野馬方となる。
譜代席で三十俵高である。

毎年8月から10月迄の間に吉日を選んで行われる「馬追い」で、幕府の牧である小金牧(千葉県松戸市)佐倉牧(千葉県佐倉市)に放牧中の野馬(一、二歳位の馬)を追い出し、木戸のうちに入れ、捕らえて焼印を捺して、江戸城の「馬預」に送る。

「野馬方」、「野馬役方」、「野馬改方」、「野馬方書役」を支配する。

なお、小金と佐倉の両牧だけで、6000頭から7000頭の馬が放し飼いされていたというから驚く(享保年間の数字)。


新潟二歳Sは⑭セトアローを指名

欧州では、デビュー戦に重賞競走を選ぶ馬が、たまにいるらしい。

しかし、日本では非常に例は少なく、平茂寛の頭の中では、1頭しか記憶にない(名は忘れた)。
新馬→特別→重賞の定番コースを選ばずに、あえて重賞にぶつけてくるのだから、出走させた馬には並々ならぬ期待があるはずだ。

本日の新潟二歳Sでは⑭セトアローが該当する。セトアローの初出走は中京2歳Sだった。
結果は勝ち馬から2秒4も離された最下位だったが、次の未勝利戦ではダート戦を危なげなく勝っている。

不安な要素は多々あるのだが、陣営の強気の姿勢を買ってみたい。
ヒモは①②④⑯⑰。


倉敷市下津井の祇園神社

gion海岸沿いの高台にある神社です。瀬戸大橋がよく見えます。

sumiya神社建立に際し、寄付をした者の銘は「〇〇屋」ばかり。当時、数多くいた廻船問屋たちがお金を出し合ったようです。

kakehasi「夢の架け橋」(ちょっと古い言い方か)の瀬戸大橋が間近に見える場所で一枚撮影。


津山城天守閣の復元が終わった

P1010423津山城天守閣の復元が18日で終わった。
写真は、通勤の帰路で撮影したもの。発砲スチロール製ではあったが、闇夜に白く浮かび上がる姿は立派で、自然と目が惹かれた。

津山市の青年会議所が中心となり、学生ボランティアを含む300人で10日間かけて完成させたという。
「津山城が復元すれば……」津山っ子が、津山の観光や魅力について話題にするとき、必ず出る言葉だ。実際に、復元に向けて熱い気持ちで動いている方も何人か知っているが、市民全体の盛り上がりには至らない現状だった。

だが、今回の取組は、お城が復元したときの姿を、市民の心の中に刻みこんだ。つまり、津山城復元を、具体的なイメージを共有しながら語り合える状況を創り出したのだ。

人の心にフォーカスした今回の取組の意義は大きい。本当に天守閣が復元する日もそう遠くはないと思えた。


札幌記念は⑭トウケイヘイロー

札幌記念は非常にいいメンバーが揃ったが、軸馬には⑭トウケイヘイローを選ぶ。
この馬が逃げそうだし、最近の調子が非常に良い。
ヒモは②⑥⑧⑪⑯。

平茂寛の大学の大先輩で師岡輝男さんという元JRAの獣医さんがおり、「馬の心」(東京農工大学出版)という絵入りで楽しくも深い競走馬の本を著しておられる。
「馬の心」の内容をホームページで公開されていることを最近知った。
下が、画面の一部を抜粋したもの(http://www.uma-no-kokoro.org/から抜粋)。


競馬ファンには、かなり興味深い内容となっているので、是非見ていただきたい。


江戸幕府の馬に関する役人「馬飼」

今日からは、「馬預」支配の役である「馬方」「馬飼(うまかい)」「野馬(のうま)奉行」を説明する。このうち、「馬方」については既に説明済みなので、まずは「馬飼」から。

「馬飼」は御目見以下の役で、餌を馬小屋に配ったり、馬小屋の掃除をしたりした。
「馬飼小頭」の下に「馬飼」が九十人ほどいた。

「馬飼小頭」「馬飼」は、ともに御抱席の御家人が勤め、「馬飼小頭」は十三俵二人扶持(二十二俵)の俸禄。「馬飼」は十俵二人扶持(十九俵)だった。

 


江戸幕府の馬に関する役人「馬口の者」

「馬口(うまくち)の者」も御目見以下の役で、将軍お召しの馬の口取りをした。「馬口の者組頭」五人の下に、「馬口の者」二十人ほどがいた。

「馬口の者」「馬口の者組頭」いずれも、御譜代席の御家人が勤めた。
「馬口の者組頭」は二十五俵二人扶持(三十四俵)の俸禄。「馬口の者」は二十俵二人扶持(二十九俵)だった。

以上の「馬乗」「馬爪髪役」「馬口の者」が「召馬預」の支配にある役の全てで、およそ六十人の人間が、将軍の馬の調教や飼育に関わっていたことになる。

なお、「召馬預」が関係する年中行事に、「御召初(おめしぞめ)」がある。
正月の初めに、将軍が吹上か裏の馬場で御馬の乗初めをするのである。
小納戸頭取が「召馬預」から御召馬を受け取って、馬を恵方のほうに引き、将軍が乗初めをして、「召馬預」に賞を与えた。

 


江戸幕府の馬に関する役人「馬爪髪役」

「馬爪髪役(うまつめかみやく)」も御目見以下の役である。

「召馬預」の支配で、読んで字のごとく、将軍の召し馬のたてがみを切り揃えたり、蹄の手入れをする。御抱席(一代限り)の御家人の役で、二十俵三人扶持の俸禄だった。

なお、御抱席の意味をカッコ書きで「一代限り」と書いているが、実質は親が引退すると、子供か近親者が新規御抱となるので、事実上は世襲だった。

直接、馬に接して手入れをする役目であるし、将軍の馬を扱うのだから、じゅうぶんに馬の扱いに慣れ、技能にもかなりの習熟が求められたであろう。