江戸幕府の馬に関わる役人「御召馬預」その2

召馬預が二百俵級の旗本の役だと前回説明しました。ここで、二百俵(二百石も同じ)級の旗本の生活を整理してみましょう。

①屋敷の門は長屋門で片側に番所付だ。広さは六百坪くらいと、かなり広い。
②生活はぎりぎりで苦しかった。侍1人、甲冑持1人、槍持1人、馬の口取1人、小荷駄1人の計5人を使用人としていつでも動員できるようにしておかなければならなかったが、実際は馬を飼っている者は少なく、登城時に不可欠な槍持と草履取以外は使わなかった。つまり役料なしの場合は、使用人数は2~3人というところ。
③役料が三百俵もつけば、正式に使用人をそろえることもできた。だが、この場合は交際費もそれなりに増加するので苦しさは変わらない。
④使用人が足りないから、番所はあっても門番など置けない。そこで、脇の門に紐をつけた徳利を釣瓶式に釣り下げておき、開いた扉が自動的に閉まるようにしていた。これを「徳利門番」と呼んだ。

長屋門の例(http://blogs.yahoo.co.jp/kokkun_s/16402661.htmlから写真を引用)


茶道教室に通っている岡山県高梁市の名勝頼久寺の境内にあるもの8

今回は兎です。ちらっと振り返った兎の顔に、「なにやってんの?」的な表情が見えるような。
小僧さんは、心静かに黙想しているようです。それにしても福々しいお顔。

夏に入ってからの茶道教室は、はっきり言って暑い。エアコンがないので、外から流れてくる風と扇風機1台が頼り。畳を掃いているだけで、汗がしたたり落ちます。
でも茶の点前が始まると汗は少しづつ退き、時折、顔に当たるささやかな風が、とても涼しく感じるようになるから不思議です。

この日も、1時間半~2時間がたちまちのうちに過ぎていきました。帛紗の捌き方を教わったのに続き、茶杓と茶入れの拭き方を習いました。稽古の回数を重ねるごとに楽しくなっていきます。
兎


佐世保Sは②テイエムタイホーから

小倉競馬場のメインレースは②テイエムタイホーが逃げるはずなので、この馬から流す。
相手は①③⑥⑦⑨の5頭。

平茂寛の近所には、競馬の名人がいる。
時々、狙い馬を教えてもらうのだが、どうしてその馬に着目したのかが、よく分からない場合が多い。
競馬のセンスの差だろう。どう、逆立ちをしても真似の出来ない部分だ。
従って、平茂寛のようなセンスのない人間は、考えるほど勝ちから遠離ると考えておいたほうが良い。
そこで、勝つためには、逃げ馬一本狙いという、向こう任せのアリジゴク的馬券戦法を採らざるをえないのだ。
幸いに、この方法で馬券を買うと、的中数は少ないものの、年間通してみると、黒字ないしは若干の赤字程度で愉しめるようになった。
今年も現在のところ黒字が続いている。
地方場所になってからは特に調子が良い。今日もいけそうな気がする。


江戸幕府の馬に関わる役人「御召馬預」

平茂寛は馬が好きだが、いつも競馬のことばかり書いている。

そこで、たまには馬を題材に、時代小説家らしい内容を書いてみたいと思う。
もちろんブログに書くためには、少々勉強しなければならない。そこが意味のあるところで、要するに、小説のネタ作りとブログのコンテンツ作りを一石二鳥でやってしまおうと思いついたのだ。
こうした甘い考えは、ほとんどの場合、うまく結実しないのだが、それでも構わない。平茂寛は、いつも走りながら服を着ている人間だからである。

さて、江戸幕府にはさまざまな役人がいたが、馬に関わる役人が数多くいた。
将軍の愛馬や軍馬、あるいは伝馬用の馬などを、たくさん飼育していたから、当然である。
馬を管理したり、飼育したりした役人を厩方役人(うまやかたやくにん)と総称し、若年寄支配にあった。
一口に、厩方役人と言っても、いろいろな担当がいた。このうち御目見以上の役目をまず紹介しよう。
手始めは、召馬預(めしうまあずかり)という役である。
将軍の乗る馬を飼育したり調教した。別名を「馬別当」とも言って、三百俵高の旗本が就く役職だった。この役には御役料二百俵があった。つまり五百俵の俸禄を得ることになる。
ただ、この役目は世襲制で、諏訪部(すわべ)家が代々世襲した。
諏訪部家の役宅は西の丸下の厩内にあった。地図で確認すると、今の麹町税務署のあたりである。
召馬預は、馬乗(うまのり)、馬口之者組頭、馬爪髪役(うまつめかみやく)―各役の内容は後日紹介―の上役だった。つまり馬関係では最上の役の一つだったのである。

 


茶道教室に通っている岡山県高梁市の名勝頼久寺の境内にあるもの7

干支と小僧さんの像は、今回は鼠です。
耳元に囁き、袖口を引っ張っている鼠たちは、小僧さんに「遊ぼうよ」と誘っているように見えます。穏やかな小僧さんの顔がなんとも言えませんね。

ちゅー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、こうした干支の像は、頼久寺の住職に伺ったところ、中国で造られたものだそうです。


真夏なのに、なぜかクリスマス(函館2歳ステークス)

今週は函館のメインを買う。

軸は⑮クリスマス。
こんなメジャーな単語が馬名で使われずに残っていたこと自体が奇跡的だが、どうしても季節感の強い名詞なので、真夏に聞くと違和感を感じる。年末に走られても、馬券を買いたいような、あえて外してみたくなるような、いやはや微妙な名前だ。

とは言え、クリスマスは新馬での勝ちっぷりが素晴らしい。やはりスターホースになるような馬は、この馬のようにデビュー時からぶっちぎって勝つようでいて欲しい。もちろん2戦目となる本レースでもだ。

ヒモは①④⑦⑪⑫。なかでも⑪道営ハッピースプリントが楽しみ。地方競馬の馬が中央で活躍すると、なんだか嬉しくなるのだ。道営の馬からは、時々、北海道シリーズで好成績を上げる馬が現れる。この馬が久々に頑張ってくれないだろうか。


台中公園湖心亭

台中公演1台湾の台中公園にある文化遺産の湖心亭です。
台中公園は、平茂寛の祖父である佐藤謙太郎が台中県の知事であった明治6年に創ったと聞いています。
生まれて初めて訪れ、感無量でした。
町中にある公園で、市民の憩いの場所になっているようです。
ただ、今は、台中の経済や消費地の中心は、離れた場所にあり、周辺も含めて、廃れた印象がありました。

風景裏鳩

 

 

町の真ん中に公園はありました。

 

 

 

 

 

湖心亭を裏側からみたところ。

 

 

 

白い鳩が目立ちました。
リスがいたり、はてまたのんびり亀にエサをやる若者(?)がいたりと、ゆったりとした雰囲気でした。

 


茶道教室に通っている岡山県高梁市の名勝頼久寺の境内にあるもの6

P1010370この写真も農村部について知らなければ、意味が分からないのかもしれません。タケノコの出るシーズンは、まさに猪と人間の競争になります。ほとんどの場合は、猪が先に見付けてしまいますが。
膝に足を乗せ、タケノコを欲しがる猪に「だめだめ」とお坊さんは顔をしかめています。高く持ち上げた左手はもちろんですが、右手が、タケノコの入った盆の上を手で覆い、猪から守ろうとしているように見えます。


茶道教室に通っている岡山県高梁市の名勝頼久寺の境内にあるもの5

P1010371鶏を飼った経験のある方だったら、お坊さんがなにをしているのか想像できますよね。
庭に放した鶏を呼び集めてるところでしょう。
「コーコーコー。エサの準備ができたよ」
声を掛けると、遠くで砂遊びをしていた鶏まで、急いで集まってきます。
今は、鶏を飼っていませんが、そのときの光景が思い浮かぶような、とても微笑ましい像でした。