ここはどこ?

昔はここにも、一日に何本もの列車が走ってたんじゃけどな。今はもう……なあ。

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いや、まだあきらめちゃあいけん。線路に草が生えちゃあおるが、下の写真を見りゃあ、一日に二本か三本くらいは列車が来そうじゃ。それに四番線のホームまである。こりゃあ、たいそう大きな駅のようじゃが。

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なあんじゃ、後ろを見りゃあ、ずいぶんと沢山の汽車がおるじゃあないか。そういえば、有名な扇状ナントカも見えりゃあする。
そうかそうか、ここは津山駅じゃった。天気もええし、のんびりして、静かなもんじゃ。ええとこで。

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頼久寺の茶室から

先週の土曜日に頼久寺でお茶の稽古がありました。

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この日は、待望久しい雨が降りました。
簾越しのツツジはとてもきれいでしたが、実は、2週間前が見頃だったそうです。

稽古では、この日初めて、袱紗のたたみ方を先生に教えていただきました。基本的な袱紗のたたみ方に加え、こき袱紗、たたみ袱紗の三種類がありました。

たいへん嬉しかったですね。
先輩方が鮮やかに袱紗を扱う姿に憧れていたので、是非、前からやってみたかったのです。
先生の指示通りにやっているときは、気持ちよくできるのですが、すぐに忘れてしまいます。

挨拶から、お菓子を頂き、点前を見て、濃茶をいただく。先生から、いろいろなお話を伺って……あっという間に時間が過ぎていきました。


さすがは、あさのあつこさん

P1010209日曜日の朝日新聞一面の記事です。

東日本大震災後、被災地などから岡山県に避難、移住する人が増え続けていることを伝えています。特に最近になって目立って増えてきており、他の西日本の府県が横ばい、ないし微減なのとは対照的な傾向を示しています。

その理由について、大学の先生が、温暖な気候や災害の少ない点をあげておられますが、平茂寛は、一番最後の、あさのあつこさんのコメントに感心しました。
「岡山の人にはつかず離れずの間合いがある。そんな気質に居心地の良さを感じているのかもしれない」
平茂寛も他県から岡山に来た人間です。あさのあつこさんのコメントには大いに共感を覚えました。
何となく、感じていたけれど言葉にならなくって――それを、あさのあつこさんは、あっさり文章に書かれている。
さすが、大御所ですね。

 


函館スプリントは①フォーエバーマーク

中央場所で馬は走っているが、夏競馬はすでに始まっている。
暑さで頭がぼんやりする中で、夏競馬のファンファーレを聞いていると、「今、競馬なんかやっててもいいのかなあ・・・」などと、自己反省がいつも心を過ぎる。

だからと言って、勝ち馬の検討や馬券購入を止める気は一切起こらない。
むしろ、もやもやとした迷いを夏の風情として楽しんでいる。

今日も狙いは逃げ馬。東京、阪神、函館の3場のうち、函館スプリント出走の①フォーエバーマークを選んだ。最も過激に逃げを主張すると思うからだ。
逃げ馬を買ったのに、実際のレースで逃げなかった時の落胆は大きい。でも、この馬ならきっと逃げてくれるだろう。
逃げて勝ってくれれば、最高に嬉しい。

ヒモは②③⑫⑬⑭。


江戸時代の馬医

馬術部

 

江戸時代の馬医者を調べたくなって、母校の東京農工大学を訪れました。

出向いた先は馬術部。大先輩に、ここに関係資料があると教えて貰ったからです。

 

練習

 

土曜日ですが、練習をしていました。

施設はもの凄く立派になりましたが、在学時と変わらぬのんびりとした雰囲気は昔のまま。

 

 

センター

 

資料は、馬術部の中にある「馬科学教育研究センター」で保管されています。

現役クラブ員に断って、中に入りました。

 

 

本

 

今回の目的の資料はこれ。昔の馬医学について書かれた本のレビュー版とでも言いましょうか。

 

 

 

漢方つむじ

 

江戸時代の馬医は人間と同じで東洋医学を用いていました。

図は馬の経穴を示すものだと思います。

 

 

 

馬のよしあしを旋毛の位置などで見極める図があります。現在も、旋毛から馬の性格を見ることは行われているようですようです。

 

記憶

 

 

おまけですが、農工大付属農場の道路です。在学中、二日酔いの朝は、よくこの道を歩きました。季節になると枇杷の実がなるので、食べた記憶があります。今は残念ながら、木がないそうですが。


エプソムカップは⑩タムロスカイ

競馬場の中では、学生時代の想い出が多い東京競馬場が一番好きだ。
今日は同競馬場のエプソムカップで勝負する。
軸はもちろん、逃げ馬の⑩タムロスカイ。いままでオープンでは鳴かず飛ばずだったのが、前走はオープン特別ではあったが、すっきりと勝った。半年間の休養で馬が変わったのではないか。

ヒモは②⑥⑦⑧⑭に流す。的中すれば、かなりの配当が期待できそうだ。

今年の前半は、一回だけ爆発したので収支はプラスにはなるが、的中回数の少なさには、我ながら呆れる。
蟻地獄的な勝負方法なので、運が転がり込むまで待つほかはないのだが。
そろそろ獲物が落ちてこないかな……。


岡山の地物食材を使った居酒屋Ikiyaに行きました。

岡山の地物食材を使った創作居酒屋のIkiyaさんに飲みに行きました。

まずは、オリジナルの地ビールを注文。ほんのりした甘さがあり、口当たりもよい。「美味しいビール」との表現が適当では。製造は、今話題の吉備土手下麦酒醸造所

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P1010124付だしも地元食材で。たちまち食べてしまいました。このお店は、店員さんが一品を運んでくるたびに、詳しく食材の情報を教えてくれます。呑むと忘れてしまうけれど。

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刺身の盛り合わせも、瀬戸内海で採れた食材ばかり。盛りつけも洒落ているでしょう!
この辺りから、好きな冷酒に手が伸びました。酔いが回って、取材はここで終了。


岡山歴史研究会 津山市美作市探訪3

出雲街道は土居宿を訪ねました。美作地域で最も大きな宿だったとのこと。
両側に民家やお店が並ぶ筋が長々と続き、宿場町らしい風情がありました。

この宿の特徴は、宿の門です。一般には、東か西かどちらか一方に門を造るのが普通のパターン。ところが、土居宿は東と西の二つの門がありました。国境(くにざかい)のためと説明されています。

現在は、西門が残っています。西門説明写真で見るとおり、なかなか立派な門です。土居西門


岡山歴史研究会 津山市美作市探訪2

中山神社を訪問しました。

四脚門

この門は、津山城二の丸の四脚門を移築したもので、津山城の門として唯一現物が今に残るものです。
津山城本丸御殿が全焼したときに、御殿再築の願いに付属して幕府に提出された図面では、この四脚門に扉が描かれています。
ところが写真にあるように、四脚門には門扉はありません。つまり、幕府に提出した図面を作成した者は,実際に津山城を見ていない可能性が高いのです。

一方、津山藩にはもう一枚の普請伺いの図面が残っており、これには四脚門に扉が書いてありません。

以上から、まず下図となる図面を、津山城を普段見ている絵師が津山で(おそらく)作成し、何らかの理由で、もとのままの図面では幕府に提出できないため、改めて江戸にいる絵師(例えば鍬形蕙斎)が作成し直したと言われています。
小説「隈取絵師」には、この逸話のエッセンスも取り込みました。

中山神社

 

荘厳な社殿は「中山造り」と呼ぶ、美作地域特有の建築様式です。

荘厳な社殿でした。

 

 

猿神社

 

 

神社の奥に猿神社があります。


岡山歴史研究会 津山市美作市探訪

6月1日に岡山歴史研究会の津山市美作市探訪が開催されました。平茂寛は地元津山の受け入れスタッフとして参加。実際は、日程に従いていくだけで何もしませんでしたが。

まず最初は津山洋学資料館を訪問。下山前館長から、案内を兼ねて、ユーモアとウイット溢れる説明をいただきました。

洋学資料館

 

胸像は、宇田川玄随など、いずれも津山洋学の重要人物ばかり。あっちこっちを向いているのは、見学者が庭を周回しながら、偉人達に親しむ趣向。

 

 

熱心

 

 

岡山市を中心に70名弱の参加者がありました。熱心な方ばかり。

 

 

下山

 

前館長の下山さん。洋学資料館の設計や展示物には、さまざまな思いが込められています。
聞けば聞くほどに興味は尽きません。

 

 

五角形

 

洋学資料館の建物は五角形です。これにも様々な思いが・・・。
写真撮影NGなので、中身の紹介ができずに残念。

 

 

 

風車

 

ただいま人気の、アルミ缶を利用した風車。多くの方が、製法説明付の現物を購入されていました。