池田泰弘きり絵展(津山市M&Y記念館)「なつかしの津山」10

「江見写真館に残る昔の津山の風景を、池田泰弘さんが、きり絵で表現した作品展です。昭和初期のモノクロームの風景が、池田さんの感性により色彩豊かなきり絵作品になりました」(説明を抜粋) 会場は、棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館)

この切り絵は津山市の城東地区にある商家の梶村邸(門に日の丸と提灯を飾っている屋敷)を描いたものです。出雲街道沿いに東西に伸びる城東地区は、江戸時代情緒を今も、じゅうぶんに残しています。梶村邸はその一角にあり、最近リニューアルして素晴らしい施設となった洋学資料館のすぐ近くにあります。
江戸時代には、高瀬舟を通じた商業活動で財をなし、明治4年には津山藩の藩札を発行する「札元」となっていました。


池田泰弘きり絵展(津山市M&Y記念館)「なつかしの津山」9

「江見写真館に残る昔の津山の風景を、池田泰弘さんが、きり絵で表現した作品展です。昭和初期のモノクロームの風景が、池田さんの感性により色彩豊かなきり絵作品になりました」(説明を抜粋) 会場は、棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館)

昭和15~16年に撮影した写真をもとにした切り絵です。商業学校の生徒の軍事教練の様子。
橋は兼田橋。当時、唯一の鉄の橋だったそうです。
戦争関係の写真は、あまり好きでない平茂寛ですが、これも実際にあった歴史の一コマ。
ともあれ、こんな時代は二度とあってはいけません。今を生きる我々に、これからの世界が委ねられている事実を忘れずにいたいものです。


池田泰弘きり絵展(津山市M&Y記念館)「なつかしの津山」8

「江見写真館に残る昔の津山の風景を、池田泰弘さんが、きり絵で表現した作品展です。昭和初期のモノクロームの風景が、池田さんの感性により色彩豊かなきり絵作品になりました」(説明を抜粋) 会場は、棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館)

戦後の昭和24~28年に撮影された写真をもとにしている切り絵です。場所は元魚町。正面中央の「千両肌」は映画の看板で、この先を進んだところに、さくら劇場という映画館があったようです。ちなみに、平茂寛が津山市に住み始めた頃は、協映、明宝会館、津山東映、錦映の四つの映画館がありました(今はない)。
切り絵ほど賑やかではありませんが、描かれている町の雰囲気は、現在も味わうことができます。この通りも、旧出雲街道。


池田泰弘きり絵展(津山市M&Y記念館)「なつかしの津山」7

「江見写真館に残る昔の津山の風景を、池田泰弘さんが、きり絵で表現した作品展です。昭和初期のモノクロームの風景が、池田さんの感性により色彩豊かなきり絵作品になりました」(説明を抜粋) 会場は、棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館)

これも京町商店街で、昭和9年以前に撮影された写真をもとにした作品です。左側手前は、岡山行きバス(山陽自動車)の始発のりば。未舗装の道に沿って、次々と看板が並び、当時のメインストリートらしい光景です。
少し気怠さの残る昼過ぎの町角。通りの一角に立って、これから進む界隈を眺めている、といった感じでしょうか。


池田泰弘きり絵展(津山市M&Y記念館)「なつかしの津山」6

「江見写真館に残る昔の津山の風景を、池田泰弘さんが、きり絵で表現した作品展です。昭和初期のモノクロームの風景が、池田さんの感性により色彩豊かなきり絵作品になりました」(説明を抜粋) 会場は、棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館)

津山祭の神輿です。これも京町の様子。もとの写真は大正末期に撮影されたとのこと。この神輿は文化8年(一八一一)につくられたものだといいます。
担ぎ手の法被の色が、やや沈んだ色目の背景の中で、鮮やかに浮かび上がって見えますね。

ひねくれ者の平茂寛は、もとの写真をじっと眺めて、二、三の事実に気付きました。
①女性の姿が一人も見えません。なにかしらの理由があるのでしょうか。
②担ぎ手の表情は一様に元気がないような。笑顔の人物はたった一人のみ。神輿の重さに音を上げているのかも。
③厳めしい顔付きの警察官が何人も立ち、祭りを楽しむという雰囲気は窺われないですねえ。どちらかと言えば厳粛さを、もっと正直な表現をすると、息苦しさを感じました。


第62回スプリングS。三連単をゲットしました。

スプリングSの馬連②⑤1,090円と三連単⑤②⑮29,470円が的中しました。

阪神の準メインも逃げた2頭で決まり。今日はまるで先行馬祭(ゴールドシップは別格として)。
雌伏の1年、長いトンネルの後、ようやく、喜びの報告ができました。ああ、幸せ。

ロゴタイプは強かったですね。距離適性云々を言われていますが、今日のレースぶりから、皐月賞までなら問題ないと判断しました。

春のクラシック戦線を前に、幸先の良い日となりました。来週もやるぞお!


スプリングS:三連単ボックスを追加します。

準メインの但馬Sで馬連⑪―⑫が的中しました。配当は、16,620円。

平茂寛の馬券の買い方は、準メインで60倍以上の配当を得た時に限り、メインを3連単ボックスで転がします。ここ1年以上、まったく鳴かず飛ばずでしたが、本日、久々にコロガシのチャンスを得ました。

というわけで、②④⑤⑦⑮の三連単をボックスで購入しました(60点)。さあ、どうなることになりますか。


スプリングSは⑤ロゴタイプ

昨夜は、仕事の同僚の送別会だった。
送り出したのは、いつも真摯な態度で職務をこなし、数々の実績を上げてきた男だ。
定年を待たずに退職するので、惜しい気はするのだが、奥様と、ずっと前から決めていたとのこと。二人で愉しみながら、地元で農業をする計画らしい。
もはや、他人がどうこう言える話ではなく、農業生産の現場で、はつらつとした仕事ぶりを発揮するよう、心から祈りたい。

送別会の料理に、退職する同僚が、特に好んだ津山名物のホルモン鍋を選んだ。独特のだし汁で煮たホルモンの甘みとサニーレタスの食感が絡み、なんとも旨い。おかげで気持ちのよい酒が飲めた。

さて、本日の中山競馬場のメインレースでは、⑤ロゴタイプを軸にする。朝日杯FSの勝ち馬という金看板はやはり重い。加えて、朝日杯は、外枠が圧倒的に不利とされている中山のマイル戦だった。にも拘わらず、14番枠から先行して勝ちきったのは、地力がなせる技だろう。

ヒモは、②④⑦⑮⑯。


池田泰弘きり絵展(津山市M&Y記念館)「なつかしの津山」5

「江見写真館に残る昔の津山の風景を、池田泰弘さんが、きり絵で表現した作品展です。昭和初期のモノクロームの風景が、池田さんの感性により色彩豊かなきり絵作品になりました」(説明を抜粋) 会場は、棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館)

元の写真は、昭和9年頃に撮影されました。場所は、一日前に紹介した切り絵と同じ、京町通りで、西に少し進んだあたりでしょうか。
天幕はなく、道路も未舗装です。各店の間口には自転車が置いてあり、移動手段の中心だったことが分かります。街灯の形状が面白い。
右手前に「ミルクホール」なる看板があります。平茂寛には馴染みのない言葉だったので、調べてみました。「牛乳を飲ませ、パンなどを供する簡易な飲食店」(コトバンク)とありました。昔の喫茶店みたいなものだったようです。


池田泰弘きり絵展(津山市M&Y記念館)「なつかしの津山」4

「江見写真館に残る昔の津山の風景を、池田泰弘さんが、きり絵で表現した作品展です。昭和初期のモノクロームの風景が、池田さんの感性により色彩豊かなきり絵作品になりました」(説明を抜粋) 会場は、棟方志功・柳井道弘記念館(M&Y記念館)

戦後(昭和24~28年)の写真がもとになっています。この通りは、旧出雲街道に当たり、当時は京町商店街と呼ばれていました。現在のソシオ一番街です。
通りの右手に看板が見える「みのや化粧品店」は現在もあります。左側の「奥西はきもの店」の付近に、現在は「シューズcore」という靴屋さんがあるので、同じお店ではないか、と想像します。
当時は、商店街の上を天幕で被っていました。平茂寛が津山に住み始めた昭和55年の頃には銀天街と呼ばれ、天井が鏡になっており、変わった趣向に驚いた記憶があります。