競馬カルチャーマガジン「ROUNDERS」

先日、津山ロータリークラブの治郎丸副会長さんから、ご子息が大変な競馬好きで、ついには趣味が昂じて、競馬専門の季刊誌を発刊されたと伺いました。

「ROUNDERS」という名の雑誌で、このたび、副会長さんから、創刊号と第二号を送って頂いきました。

構成、写真、文章・・・全てのクオリティがとても高く、「趣味が昂じて」のレベルなど、遙かに超えてました。
ついでに、紙もかなり上質。

 

単なるファンの書き物でなく、競馬関係者にも、しっかり取材しています。また、関係者との平時のお付き合いを想像させる内容にも驚きました。
これって、JRA発行の「優駿」にも負けないグレードじゃないかと。その世界の人が作った雑誌としか思えません。

 

副会長さんのご子息は、出版や編集にも、かなり練れた御方ではないのでしょうか。

競馬好きの方は是非、ご一読下さい。

なお、「ガラスの競馬場」というブログもされています。、こちらもスゴイので、是非ご一覧を!


山田尚公さんから礼状を頂きました。

叩き彫作家の山田尚公さんから、1月25日~27日津山市内で開催した「叩き彫展」来場の礼状を頂きました(左側)。なお、右側は、「叩き彫展」来場の際にプレゼントされたものです。

どうしたら、こんな優しい顔のお地蔵様が描けるんでしょう?
見ていると、ほっと心が安らぎます。
さらに、字を見れば、文を読まずとも、なんとなく内容が理解できる・・・これは・・・!

山田さん、「叩き彫展」の御盛況おめでとうございました。また、素敵な御礼状ありがとうございます。


江戸名所百景「両国花火」

このたび、広重の名作である江戸名所八景の「両国花火」の摺りものを、御好意により頂きました。長いこと見詰めていても、飽きのこない、とても素敵な絵です。

享保十八年に将軍吉宗が、各地に蔓延していた疫病や飢饉を退散させるために、両国橋で花火を打ち上げることを命じました。これが両国の花火のはじまりとか。
この摺りものは、両国の川開きの花火の図として、よく紹介されていますが、「広重 江戸名所百景」ヘンリースミス著(岩波書店)によれば、必ずしも川開きの日ではない、と、しています。

その理由は、
①川開きとなれば、橋が人で埋まるぐらいになるが、この絵ではそれほどでもない。
②一年に一回’(例えば花火大会)だけ花火を打ち上げるようになったのは明治時代からで、江戸時代は、夏の間は、何回か打ち上げていた。
です。

やや沈んだ色目や、人や舟の様子に落ち着きが見えるところから、夏まっさかりと言うよりも、そろそろ秋風の走りを感じる季節の風景にも思えます。


イカサマ用専用サイコロを購入・三点物の成績は?

一昨日に引き続き、三点物の試行結果について報告します。
丁半博奕を前提として、偶数目の三点物(二四六)と奇数目の三点物(一三五)を用いました。

 

 

 

偶数目の三点物は、一~三回の試技とも、偶数目しか出ませんでした(上段の写真)。以降十回目(下段の写真)までの試技の全てで、偶数目のみの結果でした。
つまり十回の限られた回数ではありますが、イカサマの効果は完璧に機能したのです。

 

 

 

 

 

奇数目においても同様でした。一~三回の試技(上段の写真)に始まり十回目(下段の写真)に至るまで、奇数目のみの結果でした。
以上により、非常に高い確率で、イカサマの実行が可能となります。ただ、いつも丁半が同じではバレバレなので、賽子の組み合わせを、こっそり変える必要があるでしょう。
具体的には、丁を出そうと思えば、奇数目同士あるいは偶数目同士の賽子を組み合わせば良いし、半を出そうとすれば、奇数目と偶数目の賽子を組めばよいのです。

壺振りの手際が要求される場面です。


京都記念は②ビートブラック

今年は、なかなか片目が開かないが、あくまで自分のやり方を貫く。
従って、②ビートブラックの逃げに、またまた期待。
①③⑤⑧⑨がヒモ。

京都記念で印象に残っているのが、金杯と、このレースを連勝したワコーチカコという雌馬。未勝利戦から見てきた馬なのでよく覚えている。
当初は、取り立ててレースぶりに見所があったわけでもないが、だんだんに力を付けてきた。この時は、特に強さを見せた。
四コーナーで、最内から一気に突き抜けた姿は、今も鮮明。戦績を見ると、このレースが最後だったようで、全てを燃やし尽くしたのかもしれない。

買うと来ない、買わないと来る。平茂寛の天敵みたいな馬だった。 最近は、天敵が増えてます。


イカサマ専用サイコロを購入

ネット販売でイカサマ専用サイコロを購入しました。
イカサマ賽(サイコロ)には、いろいろな目の出方、出し方があります。

今回購入したものは、餡入賽(あんいりさい)と呼ばれるものだと思います。カタログに仕掛けの種類が明記されていないので推定しました。
餡入賽は、出そうと思う目のほうを軽く中空にして、その裏の目近くに鉛を入れて重くし、特定の目を出やすくするものです。

 

なお、写真はオマケに付いていたサイコロを転がすお椀。

餡入賽には「一点物」(一つの目だけが50~70%の確率で出る)と「二点物」(「二三」とか「三五」といった二カ所の目のいずれかが60~80%出る) 、さらに「三点物」(「二三四」といった、三点いずれかが70~90%出る)の三種類があります。
丁半博奕では、「三点物」が最も多く用いられました。

さっそく、実験をしてみました。購入したイカサマ賽には一点物と三点物しかなかったので、まず一点物から。「3」の出る一点物を、2個同時に転がしました(上段左端の写真)。
1回目(上段中央)、2回目(上段右端)、3回目(下段左)、4回目(下段右)です。結果として4回×2サイコロ=8回の試技で「3」は3回でたので、確率は40%程度でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これとは別に、「1」の一点物を一個使って175回の試技をしたところ、1の出る確率は、74回の42%でした。以下2-29% 3-19% 4-27% 5-34% 6-0%でした。つまり、確かに、1の目は一番多いのですが、6の目を除いては、まんべんなく出ていました。

恐らく、6のところには、鉛が入っているので、上に来ることはまずない。しかし、1つの出目を高い確率で出すまでにはなっていないことになります。

それでは、イカサマ賽と言っても、役に立たないのか(「役に立つ」という意味合いが微妙ですが)? いいや違いました。次回紹介する3点物の実験結果を見て下さい。

この春(3月か4月)に出版する書籍の内容に関連する話題です。詳しくはまた後日、お知らせします。


今朝の津山市は久々の雪でした。

 

朝6時過ぎに自宅を出ると、久々の降雪。

 

 

 

 

津山の雪は、夜間よりも、早朝に積もることが多いんです。
今朝も、みるみる道路や歩道が白くなっていきました。

でも、午後9時に津山に帰ってみると、道路に雪はなく、やや期待外れ。
朝の降りようは、さほどでなかったらしい。

手前勝手な思いですが、一年に一回ぐらいは、どばっと積もって欲しい気がします。雪で塗りつぶされた津山の風景も好きなので・・・。


仕事から帰ってきました。

仕事帰りの、とある交差点風景です。津山市にお住まいの方なら、一目で、どの場所なのか、お分かりでしょう。
昼間ならば、右手看板の上の方に、津山城趾の石垣が見えます。
でも今は闇の中。歩道に人の姿はなく、車の走る音だけが……。

あと、もう少しで、家に帰り着きます。


岡山市内旭川沿いを走る

平茂寛の勤務先は岡山市内にあります。仕事のエリアも岡山市が中心。
出張先から車で戻る道中、市内を流れる旭川沿いで撮影した写真です。午後4時ごろ。

ちなみに、助手席から撮りました。最近のカメラは性能がよいのでしょうね。かなりの速度で移動していても、ちゃんと撮影できます。

 

この日は、やたら水鳥が目立っていました。


津山の銘菓「衆楽雅藻(しゅうらくがそう)」

「衆楽雅藻」は、過去から現在にかけての、いくつもの話題を満載した銘菓です。

「衆楽雅藻」を製造・販売しているのは、和菓子屋さんの「くらや」。
B’z稲葉浩志 のお兄さんが養子入りした先のお店として、ファンには有名です。

食べてみると、薄くて、滑らかな餅が口の中に優しい。中には、梅餡または味噌餡が入っています。
これが、包装。餡の種類で、色を変えています。

 

 

品の良さが伝わって来ますね。

津山松平藩最後の殿様(と、言っても、廃藩置県によって藩主にはなれなかった)松平康倫(やすとも)は、明治三年に、親しい文士を衆楽園に集め、曲水の宴を開きました。「衆楽雅藻」とは、この時に吟じられた詩をまとめた和本のことです(実際には、これに加え、書画作品も収納)。

 

 

津山に残っていたのは、版本だけだったのですが、最近になって、津山観光協会の竹内会長が、版本の元となった巻物を入手されました。

写真が現物。絹本地に墨書されたものです。

廃藩置県を翌年に控え、康倫(当時十五歳)や文人たちは、何を考えて、曲水の宴に臨んだのでしょう。
一遍一遍の詩に籠めた思いを解き明かしながら、一つの物語に紡いで行く。そんな誘惑を感じます。