顕微鏡で体感する歴史の重み

これまで何回か、本ブログで紹介をしている津山市南部の旧家は、代々が、お医者さんのお家です。
今の先生が、なんと十三代目! どう短か目に計算しても、江戸時代前~中期から医業を続けてきたことになります。


写真は、今の先生のお爺様が愛用されていた顕微鏡。木箱に収めてあったのを、無理をお願いし、写真に撮らせて貰いました。

金色の金具部分には些かの曇りも見えませんでした。艶消しの黒地とのバランスが何とも言えません。

この顕微鏡は、見た目では到底想像のつかないほど重いものです。大きさは顕微鏡としては普通なのに、男の私でも、両手でないと持ち上げられません。

これが歴史の重さか、と言えば、落語の台詞みたいですが、とにかく貫禄満点の一品でした。

 


小説と漫画原作の違いについて

漫画の原作をするのは、今回の「会津に咲いた八重の桜 新島八重 幕末のジャンヌダルク」が初めてなので、作家道の師匠である若桜木虔先生から、いろいろと御指導を頂きながら執筆を進めました。

書き始めてすぐに、小説と漫画原作には大きな違いのあることを知りました。
例えば、
①漫画は基本的に白黒なので、「赤く染まった」と原作に記述すると、漫画家は困惑する。
②「襖の向こう側から、八重の声がした」もダメ。漫画では、襖の反対側が描けないから。
ここまでは「確かに、言われてみれば」の範囲です。

しかし、
③場面の描写を詳細に描くべきではない。
と聞けば、首を傾げたくなります。小説家の真骨頂を封じよ! とは?
この理由は、漫画家の領分を侵す結果となるからです。
例えば、小説ならば、縁側でほのぼのと寛ぐ雰囲気を演出するために、主人公の横で、丸々した猫が目を細め寝そべっている、と、書く場合もあると思います。
漫画では、猫の部分が漫画家の創造範囲だと言うのです。
何から何まで原作に事細かく書いてあったら、漫画家の仕事も味気ないということか・・・。

戸惑いはあったものの、テレビの脚本家の方からの助言も頂きながら仕上げました。
振り返れば、楽しく有意義な経験をさせてもらったと思っています。


原作した漫画本「会津に咲いた八重の桜 新島八重 幕末のジャンヌダルク」が発売されました

来年のNHK大河ドラマは「八重の桜」です。主人公は、「幕末のジャンヌダルク」と呼ばれた新島八重。
早くもブームを見込み、新島八重に関する本が、いくつか出版されています。

実は、このたび平茂寛も八重関係の著作に関わりました。漫画版の原作執筆を依頼されたのです。作画は岩下博さん。

本の題名は会津に咲いた八重の桜 新島八重 幕末のジャンヌダルクで、本日12月27日付で竹書房から出版されました。

会津鶴ヶ城に籠もった八重は、狙い確かに大砲を打ち、官軍を畏怖させました。男に混じって城を出て、愛用の新式スペンサー銃を打ちまくる場面も。
男勝りの武勇を発揮する場面は大きな見所です。

さらに、その後の人生を全力で生きた姿にも、じゅうぶんな魅力があります。
主にコンビニエンスストアで販売されます。大河ドラマをより楽しむための、気軽な入門書として、手にとってもらえれば幸いです。


神々しい観音様の掛軸

前回から紹介している津山市南部の旧家で見せて頂いた掛け軸です。同じものが紀三井寺に奉納されているそうです。

そちらは宝物として50年に1回しかご開帳にはならないとのこと。
そんな貴重なモノを生で間近に見られた幸せ・・・。
彩色には、金をふんだんに用いています。引き締まった描線に感動しました。
なにより、包み込むような、優しさと神々しさが伝わって来ます。

 


山本五十六直筆の書

津山市南部の旧家を訪問した際に、見せて貰いました。
何気なく、掛けてあったので、説明を聞くまでは、何とも思いませんでした。よく見れば、左の端に「山本五十六」とちゃんと署名があります。

中央部分の「小敵なりとも侮らず、大敵と雖も懼れず」ぐらいしか、平茂寛には読めませんでしたが、皆様は如何でしょうか。


小説「隧道を穿て」あとがき2

「隧道を通す」という技術的な側面について私見を述べます。

トンネルを掘るときには、両側から掘り進みます。となれば、両側から来た穴が、ちゃんと出会わねばなりません。
これは「なんとかなるさ。イケイケ!」では、片付けられない話で、測量が不可欠となります。しかも、トンネルの長さや径によって、測量に求められる精度(つまり、許される誤差)が決まってくるのです。

今回の隧道は、たかが100mの長さ。だから50mづつ両側から進めばよかった。
それでも、嘉芽市が若干の条件を付加して計算したところ、目標精度は一度の半分という厳しいものでした。
嘉芽市は、何らかの方法で必要となる精度を得たはずですが、真相は謎です。
小説では、嘉芽市が測量機器を工夫して改造し(バーニヤ尺の導入)、目標精度を得た筋にしていますが、これは当時の測量技術から可能な範囲と判断しました。

ここで、どうしても考えねばならないのが、箱根用水の話です。小説の舞台よりも200年も前に1280mの隧道を両側から掘削して完成させたというのですから! もう、お分かりと思いますが、嘉芽市の測量なんぞ、お話にならない精度が要求されます。当時の測量技術を、いくら高めに想像しても、とても可能とは思えません。
何年か前に、著名な女性の作家が、工事を可能にした測量技術の実践には、キリスト教を伝搬していた西洋人の存在が考えられる、とブログに書いていました。さらに一歩踏み込んで、妖術あるいは人間の見識を超える何かが、そこで工事責任者に伝えられたのでは、との見解も覗かせていたように記憶しています。

達観だと思います。箱根用水掘削の物語は有名ですが、大きな謎がその影にあるのです。


チャンスある限り。阪神Cに参戦。⑧シルポート

有馬記念は、ゴールドシップの強さが目立った。三コーナー手前からの捲りは、タマモクロスを彷彿させた。でも、順位を上げて行く時の勢いは、タマモのほうがあったかも。

有馬は外したが、準メインが的中した関係で資金に変動がなく、今年最後の勝負ってやつを一日延長すると決めた。チャンスがある限り、挑戦していきたい。

今年の総決算なら⑧シルポート以外に軸は考えられない。

②マジンプロスパー ③フラガラッハ ⑤テイエムオオタカ ⑨コスモセンサー ⑩ガルボ に流す。


津山藩狩野派絵師の屏風

津山市南部の旧家で、狩野如林乗信作の屏風絵を見せて頂きました。如林は、津山藩御抱の絵師です。


津山藩の狩野派絵師は、津山松平藩初代藩主宣富(のぶとみ)に召し抱えられた狩野洞学幸信(どうがくゆきのぶ)が始まりとなります。

如林乗信は、洞学の養子で、如林派の祖です。

見せて頂いた六曲屏風は二隻。都合十二枚の絵に各月の風景が描かれています。

洞学には三人の養子がいました。兵四郎、富信、察信(あきのぶ)で、如林となったのは、兵四郎です。

 

ただし、兵四郎が狩野家を継いで如林を名乗るまでには、大変な紆余曲折があったようです。
何しろ、兵四郎は、いったん養子にはなったのですが、七年後に離縁されるのです。理由は、兵四郎の妻となった洞学の娘の身持ちの悪さにあったとか。そこで、兵四郎は、津山藩の料理方の瀧波家の養子になりました。

ところが、兵四郎の後に養子となり如林乗信を名乗っていた富信が、六年後にまたも離縁され、さらには洞学までも永の御暇(おんいとま=クビ)を、藩から申し渡されます。これまた娘の身持ちの悪さが理由らしく、この娘は大変なトラブルメーカーだったようです。

洞学が暇を命じられた年の冬に、兵四郎は絵師として藩に召し出されます。ここで、ようやく如林乗信を名乗ったのです。実は、召し出されてから狩野を名乗るまでに、もう一悶着ありましたが、それは割愛。なお、三番目の養子の察信は狩野如運と称し、毛利家に仕えました。

屏風は、とてもきれいに保存されていました。貴重な生の歴史に触れることができて、幸せな日でした。 感謝!


今年の総決算有馬記念。初志貫徹!⑭ビートブラック

ついに、最終週まで来てしまった。今週大勝ちしないと3年ぶりに年間マイナスとなってしまう。

こんな時こそ、自分の主義主張をいつもより強くしてチャレンジすべきだろう。
軸は⑭ビートブラックで迷いなし。前走ジャパンカップでの三四コーナー中間地点での走りは、あれよあれよと思わせるほど。なかなか見応えがあった。平茂寛は、あの走りを有馬記念の予行演習と見る。

今年の総まとめだ。すかっと逃げ切って欲しい。

相手は、④アーネストリー いつかどこかで何かを! ⑦ダイワファルコン 前走福島記念勝ちというところが、有馬記念「何故か? 好走組」に入りそうな気配を匂わす。⑧トレイルブレザー 立派な国際馬ではないか。⑬ 菊花賞馬を無視できないレース。 ⑯ルルーシュ 位置取りがよいし、強い馬。