第六章 甲州流土木法 15 (8月14日の投稿から連載している小説です)

嘉芽市は、周介の胴体に取り縋った。
「どうしてここに?」
「見慣れぬ御侍と歩いているのが、気になってのう。いたた……」
周介は、白眉を歪めながら答えた。転ばされた時に、何処かをしたたかに打ち付けたのだろう。
首領の男が、冷たい声で言い放つ。
「御老人は嘉芽市の師と言うわけか。これは誠に好都合。纏めて、斬り伏せてくれよう」
ところが、周介は、落ち着き払った口調で、侍どもに告げた。
「あと少し致しますれば、陣屋の御役人様が、ここに参りまするぞ。人を走らせております故」
侍どもは、不安げに、お互いの顔を見合わせた。
周介は、嘉芽市の手を借り、上体を持ち上げた。右斜めに崩した横座りとなる。
「御侍様はお顔を皆、お隠しになっておられますな。素性を明かせぬ理由があるのでございましょう。ならば、早う、お逃げなされたほうがよろしいかと」
周介の自信満々の態度に、侍どもは呼吸を乱し、浮き足立っている。
言葉を裏付けるかのように、遠くからではあるが、多数の足音が殺到して来る音が聞こえて来た。
首領は、「退けっ」と、部下に退散を命じた。男どもが次々に、本堂から出て行く。
嘉芽市は、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、気を緩めた目の前で、鋼の煌めきが一閃した。同時に、大きな陰が視界の前面を塞ぐ。
刃が人肉に斬り込む音を、嘉芽市は、生まれて始めて聞いた。首領が、去り際に、嘉芽市に刃を打ち下ろしたのだ。
嗄れた苦悶の呻き声が、本堂内に籠もる。
周介が、老体とは思えぬ動きを見せ、嘉芽市の身体に覆い被さり、身代わりとなって刃を浴びたのだった。
嘉芽市を打ち漏らした首領は、「ちっ」と吐き捨て、姿を消した。
「先生、なぜに身共を……?」


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