馬方役人「召馬預」と奉行所与力が喧嘩

「召馬預」の職務は将軍が乗る馬の調教だ。
将軍の馬が火事で驚くようでは、いざというときに役に立たない。そこで「召馬預」は、火事が起きると訓練のために、将軍の馬に乗って出て、火事場に馬を近づけた。
葵の御紋の馬が出てくれば、人々は恐れて脇に避ける。これを見て調子に乗った馬上の「召馬預」は、回りの者を蹴散らしたり、突き退けたりした。
火消をする者にとっては作業の邪魔になるので、大変な迷惑となる。

天保十四年のことである。
町火消人足方与力(町火消の監督をする幕府の役人)の仁村廉之助は、こうした火事場での「召馬預」の蛮行に、日頃から不快な思いでいた。
十一月二十六日、本郷妻恋坂から出火した火災のときに、火事場に向かう火消人足団の後ろから、「召馬預」が鞭を左右に振り回して火消人足を払いながら、追い抜こうとした。
廉太郞は、ついに堪忍袋の緒を切らし、行き違いざま、「召馬預」を十手で打ったのだった。
十手は馬に当たり、驚いた馬は「召馬預」を振り落とし駆け出した。
今度は「召馬預」が腹を立てた。すぐに馬に乗り直し、駆け戻ると、廉太郞を火事場頭巾ごと引き抜いて、連れ去ろうとした。
ここで見るに見かねた者が仲裁に入り、一応の争いは収まった。

幕府の役職同士が衝突した、まさに燃えるような事件の結末はどうだったか?
将軍の馬の威光には逆らえず、無茶苦茶をした「召馬預」に軍配があがり、廉太郞が詫び状を書く羽目になったのである。


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