風呂と津山松平藩が意外なところで結びついた!

次作の企画のために、江戸時代の湯屋(ゆうや=風呂屋)について調べています。
『江戸の風呂』今野信雄著(新潮選書)は、知りたい事項がコンパクトに、かつ分かりやすく書かれていて、とても参考になりました。img152

『江戸の風呂』の最後に、江戸後期の儒者・渋江抽斎の妻五百(いお)の話が書かれています。
五百は、十一、二歳のときに江戸城大奥に奉公していました。その頃、大奥では夜な夜な鬼があらわれるという怪事件が起こっていました。
ところが五百は、気丈にも鬼に立ち向い、これを捕らえたのです。捕らえてみれば鬼などではなく、将軍家斉の第十四男である銀之助でした(ちなみに銀之助のほうが二歳年上)。
銀之助は、言うまでもなく、文化14年(1817年)に津山藩主松平斉孝の養嗣子となり、第八代藩主松平斉民(確堂)になる人物です。

さて、この話がどうして風呂に結びつくかは、五百のもう一つのエピソードに触れなければなりません。渋江抽斎の妻となってからの話です。
ある日、抽斎の屋敷に三人の武士が乗り込んできました。大金を要求され、従わなければ斬りつけられる状況となったのです。
入浴中に異変に気づいた五百は、夫の危機を救うために、腰巻だけを身につけ夫のもとに駆けつけました。熱湯を入れた小桶を両手に持ち、さらに口に懐剣を咥えていたと言います。
夫を背にして立つと、熱湯の小桶を武士たちに投げつけ、懐剣を抜いて「泥棒」と叫びました。武士たちは、五百が現れたときから異様な姿に気を呑まれており、這々の体で庭から逃げだしたのです。
夫を守るために必死だったのでしょうが、五百が男勝りの勇猛な女性だったことは間違いありません。
この話で、風呂と津山松平藩を結びつけるのは強引だったかも(^_^)?
平茂寬は、ちょっとした、お宝を発掘したような気分になりましたよ。


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