第四章 時を積もる 9 (8月14日の投稿から連載している小説です)

測地の準備が整った。だが、天空を覆っている雲の色が、見るみる重々しい蝋色(ろういろ)に変化してきた。いつ、雨や雪が落ち始めても不思議でない。
既に、思い描いた日程からは、二日も遅れていた。雪ならばまだしも、雨天となれば、また測地を休止しなければならなくなる。
「雨が落ちる前に、何とか済まして仕舞わねば!」
嘉芽市は、きゅうきゅうと、追い込まれた気持ちになった。
ところが朝五ツであるのに、辺りは夕刻を迎えたような仄暗さだ。茅や草は、黒い枯れ色にどんより沈み、人の心まで、重い陰の中に包み込む。これでは、人夫どもの気勢が上がるはずもない。
「今日は、如何様、思い通りには行かぬかもしれぬ」
嫌な予感が胸を過ぎる。
方位角の測地は、各杭の上に方位盤を整置し、次の杭を見通して方位を測る。そのため、まず方位盤を整置する時に発生する誤差を、最小限にする必要があった。
方位盤の製置とは、単に、方位盤の向き(子午線)を、磁針に合わせるだけではない。垂鍼と呼ばれる水準器を見ながら、方位盤の面が水平になるよう調整し、かつ方位盤の中心から垂らした錘が測点の真上に来るようにしなければならなかった。


測地は、最初の杭から躓いた。人夫が作業に慣れず、何度となく繰り返しても方位盤の整置ができない。嘉芽市は、遅々として進まぬ工程に、苛立ちを強めた。
「おいっ! 何をやっておるんじゃ」
ついに、嘉芽市の口から辛辣な言葉が飛び出す。もどかしさを、方位盤を調整する人夫どもにぶつけたのだ。
すると、ふふ、との笑い声が背後から聞こえた。

 

振り返った視線の先には、周介の顔があった。清助の姿も横に見える。議論の的になった方位の測地が始まる――と聞いて、嘉芽市の採った策を見極めに来たに違いない。
武三郎に遊標の説明をしていた時は、周介が目前にいれば、聞かせてやりたいぐらいの気持ちだった。
が、今は違った。もたもたとして、いっこうに捗らない無様な作業となっている。嘉芽市は頬が熱くなった。


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