第四章 時を積もる 5 (8月14日の投稿から連載している小説です)

二町程東に走ったところに、十人余りの村人が屯していた。皆、山形山の裾野を見上げている。中に、人夫として雇った男どもの顔も混じっていた。
不安げな面持ちで、裾野の頂上を指差し、こそこそ話を交わしている。

「いったい、どうしたのじゃ? 何故、測地の現場に誰も来ぬのか?」
人夫の一人をひっ掴まえ、問い質した。
「神隠しでございまする!」
人夫は、ひいぃっと悲鳴混じりの声で答える。
「なんじゃと? 詳しく申してみよ」
「昨日、測地から帰って来たばかりの作おっつぁんが、「水神様の周りを掃除する」と申し、山に上がったんでございます。ところが、それっきり、日が明けても帰って参りませんで……」
「何処ぞに迷い込んだだけではないのか? 神隠しとは、大袈裟な!」
「堀坂の者(もん)が迷うわけがございませぬ。それに、今朝早く、作おっつぁんの甥っ子が、水神様の祠に捜しに上がったのでございますが、これまた戻りませぬ。きっと、作おっつぁんと同じ目に……」
人夫は、紫色に変色した唇を、わなわなと震わせた。
「ならば、また他の者が、二人を捜しに上がればよいではないか」
「滅相もございません。祠に上がる者など、もう誰一人おりませぬ。神隠しになる人数が増えるだけでございまする。そもそもの原因を……」
話の途中で、人夫は、はっと顔色を変え、口を噤んだ。
「何故、黙る? 構わぬから、さっさと続きを申せ」
嘉芽市は、人夫を拳固で小突き、催促する。
「水神様が、此度の隧道の普請にお怒りになったからじゃ、と、申す者がおりまして……」
人夫は、下を向き、さも言いづらそうに続けた。
「普請を止めねば、もっと恐ろしい水神様の祟りがある――とも」
嘉芽市ですら、開かずの祠を取り巻く異様な空気を思い出すだけで、背中がぞくぞくと粟立つ。
それだけに、堀坂の村人が感じている不安の度合いが腑に落ちた。
だが、このまま放置していては、今後、堀坂の者どもを人夫として当てにできなくなる。それどころか、普請を邪魔する側に回る可能性もあった。
嘉芽市は、すくっと背を伸ばす。
「それでは、儂が、これから祠に上がろう。二人を捜し出し、連れ帰る」
「どうかお止め下さいまし! 嘉芽市様に、もしものことがありゃあ、僕(やつがれ)どもが、どんなにお叱りを受けるか……」
引き留める手を振り切って、祠に向かおうとした。祟りへの不安を払拭するためには、他に選択肢はなかった。
すると、「待たれい! 拙者が参ろう」と、頭上から、がらがら声が落ちてきた。武三郎だ。
武三郎は、周囲の者どもをぐるりと上から見回すと、大声で宣言した。
「皆の者、ようく聞けい。これから、拙者は祠に上がる。拙者が、神隠しに遭わずに戻って来たら、二度と、祟りの話は持ち出すでない」
目の前で、雄弁に村人を諭している男が、寡黙な武三郎と同一人物とは、とても思えなかった。村人どもは、武三郎の体躯と声の迫力に怯え、叱られた子供のように身を竦ませている。
「武三郎様の御手を煩わすわけには参りませぬ。祠には身共が……」
「心配は無用でござるよ。拙者にお任せあれ。伊達に、二本を差してはおらぬ」
武三郎は、嘉芽市の前で、ぽんと太刀の鐔を叩いて見せた。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です