第四章 時を積もる 4 (8月14日の投稿から連載している小説です)

嘉芽市は、杭打ちと高低差の測量を無事に終えた。測地初日にしては、上々の滑り出しだ。
屋敷に戻り、早速、野帳の記録を整理・点検する。もし、記録に矛盾があったり、考えられない値が含まれていれば、翌日しっかり再測をしなければならない。
幸い、記録には問題がなかった。嘉芽市は安堵し、高低差の計算に移る。
「南北坑口の高下差は、一丈一尺六寸(約3.5メートル)か……」
満足な心持ちで呟いた。測量に携わる者であれば、観測成果を得た時に、誰もが満ち足りた気持ちを味わう。程度の差こそあれ、今も昔も変わりはない。
心地良くさせた理由は他にもあった。嘉芽市の秘する構想に対し、得た高低差が「ええころの」(頃合いのよい)数値だったからである。
だが、いつまでも、ほくほくとしている余裕はなかった。明日は、各杭間の間尺を測る。手順を再確認するとともに、機材の準備をしなければならなかった。
既に夜四ツ(午後十時)となっていた。屋敷の外からは、物音一つたりとも聞こえて来ない。
嘉芽市の住む地域では、深夜の静けさが、明け方に掛けての降雪に結びつく場合が少なくない。積雪が深ければ、杭の位置を探す作業に、余分な時と手間を要する。
そこで何度も準備作業の手を休めては、外に出て、闇空を見上げた。
結局、眠らぬまま、測地の二日目を迎えた。だが、気力が充実し切っているため、疲れは微塵も感じていなかった。
天候には恵まれた。降雪はあったものの、二寸ほど積もっただけだった。
ところが、張り切って現地に到着すると、思わぬ事態が待っていた。
「誰も来ておらぬ! どうしたことじゃ?」
現場には、武三郎の顔しか見えない。堀坂で雇った人夫の姿がないのだ。真っ白に染まった田圃や裾野が、がらんとした人気のなさを、余計に感じさせる。半刻ほど待ってみたが、誰も来なかった。
風が強過ぎる日や降雨の時は、測地ができない。測地のできる時には、必ずやっておかねばならなかった。
人夫を待ちきれなくなった嘉芽市は、武三郎に早口で伝える。
「堀坂の村で、何かあったのかもしれませぬ。身共は様子を見て参りまする」
嘉芽市は、言うが早いか踵を返した。堀坂に向かい駆け出す。
すると、後ろから、どすどすと足音が追って来る。武三郎は「拙者も参ろう」とは言わなかったものの、嘉芽市に同行するつもりらしかった。


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