第四章 時を積もる 2 (8月14日の投稿から連載している小説です)

三日後の朝、嘉芽市は、隧道の南坑口予定地にいた。鼈の顎に当たる場所だ。
さすがに、昨夜は興奮して寝付けなかった。夜が明けるのを待ちきれない気持ちで、測地の初日を迎えていた。
測地の目的は、もちろん、南北坑口の位置の確定――すなわち、両坑口を真っ直ぐに貫く隧道の方位と、高低差の把握だった。
踏み締める足下に雪がうっすらと積もっている。歩くたびに、きゅっきゅっと乾いた音を立てた。
嘉芽市は一人ではなかった。武三郎が横にいる。さらに、数名の人夫を従えていた。いずれも堀坂の住民で、測地作業を手伝わせるために雇った者どもだった。
「よし、ここじゃっ! ここに打てい!」
嘉芽市は、地面を指さし、一本目の杭打ちを命ずる。南側坑口の中心線を構成する重要な杭だった。
深々と打ち込まれた杭の上に、小刀で、十字に刻みを入れる。これから始まる作業に、胸が熱くなり、思わず武者震いが走る。
二本目の杭は、裾野の南壁に沿い、三十間ほど西に進んだ場所に打ち込んだ。
「ん?」珍しく、武三郎が、怪訝そうな声を出した。
「武三郎様、如何なされましたか?」
「貴殿の設計によれば、反対側の坑口は、ちょうど、この裾野を北に乗り越えた先に設けるはず。で、あれば、真っ直ぐ、北に向かって裾野を上るのが相当でござろう。何故、訳もない方向に杭を打たれるのか?」
「裾野が急傾斜で、方位を積もる測器を据える作業がし難うございます。当然、塵(誤差)も生じやすくなります。また、斜面には、木や藪が茂り、視野の邪魔となっておりまする。そこで、裾野を西に迂回して測地するのでございまする」
「ふうむ」嘉芽市の説明に納得しかねるように、武三郎は大きく首を捻った。
振距術(ふりがねじゅつ)では、金鉱や銀鉱内で、現在掘り進んでいる位置を知る、あるいは、これから掘り進む方向を見定めるのが主な作業になる。測地作業の難易を理由に、路線を迂回させる考え方に、今一つ馴染めないようだ。
空気は冷え切っている。冬は、嘉芽市が最も好む季節だった。気持ちが引き締まり、作業一つ一つに対する緊張感を維持しやすい。
また、美作国の冬は、分厚い鉛色の雲に覆われたままの一日となる。気温の日内変動や日射の影響が少なく、安定した環境の中で測地ができる条件となった。
嘉芽市は、杭打ちを進めながら、まず高低差の測地に着手する計画だった。測地の方法は、現在の方法となんら変わらない。


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