第四章 時を積もる 13 (8月14日の投稿から連載している小説です)

嘉芽市は、屋敷に戻ると、わくわくとした気持ちで野帳を開いた。
いよいよ仕上げの計算である。
横には武三郎がいた。どのような筋道で、掘削の位置と方向を定めるのか、関心があるという。
本格的な計算を始める前に、方位盤の読定値を度数に変換した。例えば、南側坑口の杭から次の杭を見た方位「酉の十三歩と八十分」は、度数では、二百九十度十分となる。
「次に、何をするのでござるか?」
武三郎は、巨体をぐっと前に乗り出し、突き出た顎で問う。
「はい、まずは、杭の間の間尺を、地直(水平距離)に直しまする」
嘉芽市は、算盤をぱちぱちと弾きながら、解説を始めた。
「南側坑口の杭から次の杭までは、二十八間二尺四寸二でございました。一方、高下の測地(高低の測量)から、杭間の勾配を一分と積もれまする。「鈎倍乗率表」から、一分の勾配の乗率「九寸九分九九五〇〇三七」を読み取り、間尺に乗ずれば、地直の二十八間二尺四寸一を得るのでございます」
「鈎倍乗率表」とは、五厘(二百分の一)単位の勾配ごとに、一尺の斜辺に対応する水平距離を示したものだ。
「この遣り方ならば、拙者も存じておるぞ」
武三郎は、珍しく、はしゃいだ声を出した。
嘉芽市が用いた計算法は、振距師の阿部誠之が文化八年に著した『校正振距術』の写本に基づく。武三郎の知識と一致して、何ら不思議ではなかった。

実測距離ではなく、水平距離に換算して測点間の距離を求めるという考え方は、現在も全く変わるところがない。


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