第四章 時を積もる 14 (8月14日の投稿から連載している小説です)

夜四ツが近かった。
武三郎は、嘉芽市と交わす振距術の話に熱中しているようだ。
「地直と方位の度数が分かれば、杭の位置が積もれます」
という嘉芽市の言に、すかさず「ふむ」と、相槌を入れる。
小さな目が、行灯の光を受け、ぎらぎらと光っていた。
嘉芽市は、人差し指で、すっすっと宙に十字を切り、東西南北を示す。
「すなわち、位置なるものは、元になる点さえ決めておけば、その点から、東西にいくら離れ、かつ、南北にどれだけ離れているかで、示せるものでございます」
「嘉芽市殿、「開出乗率表」を用いるのでござろう」
嘉芽市は、武三郎の知識が半端でない事実を、改めて思い知る。
武三郎は、『校正振距術』の中に記されている、もう一つの数表に触れていた。
「開出乗率表」とは、方位角に対応した、地直一尺に対する東西と南北成分の長さ(正弦(sinθ)と余弦(cosθ))を表にしたものである。
武三郎の声は、いつもより高ぶって聞こえた。
「すなわち「開出乗率表」を以て、正弦、余弦を知る。これを地直に乗じ、各杭の東西・南北の間数を積もるのでござる」
先出の方位角は、二百九十度十分だった。まず、「開出乗率表」から、二百九十度十分に対応した正弦の値〇九三八六九三八、余弦の値〇三四四七五二〇を読み取る。次に、地直の二十八間二尺四寸一に、正弦、余弦、それぞれの値を懸け合わせ、杭の位置を算出する。
以上の計算を、振距術では「勘定仕上げ」と呼ぶ。
結果は「一番(最初の杭から見た二番目の杭の位置)、地直二十八間二尺四寸一、西出二十六間三尺九寸六二八、北出九間四尺七寸四九二」と、表現した。
現在の考え方で説明すれば、測量の出発点を原点(ゼロ座標)とした平面直角座標(XY座標)上に、杭の位置をプロットしたわけである。
ただ、当時は、座標軸を使わなかったため、代わりに、東西・南北で示した。座標のX軸を例に取れば、正(プラス)が東、負(マイナス)が西となる。
なお、「開出乗率表」には、東と西、あるいは北と南を間違わぬようにと、親切にも、「順逆」(正負)が記してあった。
「最後に、全ての杭の東西の間数と南北の間数を、それぞれ加えまする」
武三郎は目を、にっと細めた。
「さすれば、南側坑口(最初の杭)から見た(を原点とした)、北側坑口(最後の杭)の位置が積もれる……」
「左様でございます。あとは、鈎股弦(こうこげん)の理(ピタゴラスの定理)で、南北坑口間の間尺を積もりまする」
以上の計算方法は、現代の多角測量の遣り方と何ら変わりがない。
「ところで、南北坑口を貫く隧道の方位は、如何にして積もるのでござるか?」
「はい。北側坑口の東西の間数を、南北の間数で除しまする。得た解に最も近い方位角を、「割円八線表」の余切(tanθ)の欄から探すのでございます」
武三郎は、ちょっとだけ怪訝な表情を見せた。測地において「割円八線表」を用いる考え方は、当時は一般的ではなかったからである。
ともあれ、計算を終えた嘉芽市は、これまでの緊迫を忘れ、しばし満足感に酔う。
「武三郎様、様々なる御心遣い、誠にありがとうございました」手を衝き、深々と謝恩の意を伝える礼儀も忘れなかった。


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