第四章 時を積もる 1 (8月14日の投稿から連載している小説です)

はらはらと疎らな小雪が舞っている。十一月も終わりに近付いていた。
嘉芽市は、近長陣屋に呼び出された。
用向きは、聞かずとも分かっている。嘉芽市が提案した隧道の位置変更に対する回答を申し伝えるためだ。
陣屋の座敷に、周介や武三郎の姿はなかった。嘉芽市と、対面に座す清助の二人だけだ。
座敷は、表向にある御役所からは離れているうえに、間に大広間を挟んでいる。執務に携わる役人の話し声や物音からは、隔絶されていた。
清助は、なかなか口を開かない。しかも、表情からは、告知しようとする結論を読み取れなかった。
不気味な静寂が、嘉芽市の不安を煽る。「変更案は、間違いなく認められる!」と信じつつも、心ノ臓の音が、どくんどくんと、鼓膜の奥に響いた。
十呼吸ほどの時を数えた時だ。ようやく清助が眉を歪ませ、物々しい口調で伝えた。
「隧道位置変更の儀、御老中様からお許しが出た。この上は、速やかに作事に懸かるよう命ずる」
嘉芽市にとっては、「いつ果てるのか?」と、呆れるほど長く感じた沈黙の後の伝達だった。
それもそのはずで、清助は一度、案の藩への取り次ぎを拒んだ立場にある。口を開くのが億劫だったのも理解できた。
「有り難く存知まする。この嘉芽市、命に替えましても、御老中様の御厚志にお応えいたしまする」
希望した通りの結果となり、飛び上がりたいような興奮に浸る。
庭から、ききと、鳥の鳴き声が聞こえる。続いて、羽搏(はばた)きが、ばさばさと響いた。
寒々とした空気は、座敷の中にも及んでいた。屋敷から陣屋までの行程で冷え切った手足の指が、びりびりと痛む。
嘉芽市は、「喜んでばかりはいられぬ」と、気を引き締めた。
掘り進めば、思いも寄らない困難な地質や岩質に突き当たるかもしれない。いくら丁寧に地層を調べたと言っても、表面しか見えない――という事実には変わりがない。
加えて、来年正月からの起工を目標にすると、準備に残された期間は一月余りしかなかった。短期間に、測地から設計、普請人夫の招集、資材の準備、さらには、飯場や鍛冶場設営の段取りまでも、こなさねばならない。
測地の準備だけは済ませていたが、他の事項は、全くの手付かずだった。しかも、机上の計算だけでは済まぬ事柄ばかりだ。
「寝る間はないじゃろう」嘉芽市の胸に、熱い闘志と同じ比重で、鋭い切迫感がのし掛かり、ぎしぎしと軋んだ。


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