第六章 甲州流土木法 8 (8月14日の投稿から連載している小説です)

翌日の朝、嘉芽市は、人夫どもを招集し、「焼き落とし」の遣り方を説明した。
人夫どもは、火や水を用いた型破りな妙手に、「ほう」「へへえ」と、感心の声を漏らす。
「さすがは嘉芽市様じゃ」などと、持ち上げる声も聞こえた。
ところが、「着火を誰がするか?」の話になると、お互いに顔を見合わせるばかりで、むっつりと黙り込む。
二の足を踏むのは、致し方ない。死と隣合わせの役柄だった。加えて、水神との折り合いが悪いと噂される嘉芽市への不信も、根強い。あえて貧乏籤を引こうとする愚者など、唯の一人もいなかった。
すると、人夫どもから、やや離れた場所に立っていた老石工が、静かに前に進み出た。
「この老い耄(ぼ)れでよければ、火付けに入りましょうぞ」
年寄りは出る幕がない――と、後から傍観していたようだが、嘉芽市の困窮ぶりを見かねたらしい。
さすがに嘉芽市には、躊躇いが生じた。素早い行動が要求される役を、老人が果たせるか?
だが、点火役が決まらねば、「焼き落とし」は始められない。老石工の肉体の若さに期待を懸け、点火役を任す決断をした。
なお、火付け後の水掛けには、老石工を含めた五人の人夫を割り当てた。
一刻後、「焼き落とし」の作業が、南側の隧道で始まった。
武三郎が厳しい表情で、作業の準備が進む様を見ている。
これまで、武三郎には、様々な助言で助けられ、絶大の信頼を寄せて来た。
だが、今回、武三郎は、嘉芽市を説得しようとした際に、選りに選って、周介を連れて来た。
「もしや、武三郎様は、これまで、先生の声を代弁されておっただけではないのか?」
だとすると、嘉芽市は、今も周介の手の内で踊っている構図となる。堪えられない屈辱に思えた。


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