第六章 甲州流土木法 7 (8月14日の投稿から連載している小説です)

嘉芽市は現場に戻り、武三郎に、「焼き落とし」を行う旨を伝えた。
清助には、高説を並べ立てたものの、実施した経験はなかった。
武田家金山衆の末裔である武三郎は、言うまでもなく甲州流土木術の遣い手だ。「焼き落とし」を挙行する際の注意点について、教えを請おうと思ったのである。
ところが、武三郎は苦言を呈した。
「危険でござる。かの方法は、書に認められてはおるが、実際に用いた例は、ほとんどないのでござる」
味方に回ってくれると予期していた武三郎に反対され、意外な思いに囚われた。
確かに、限られた空間で、油をたっぷり掛けた岩に点火するのである。下手をすれば、大火傷を負う可能性があった。さらに、点火後に素早く逃げ出さないと、濃厚な煙に巻かれる危険がある。
だが、嘉芽市には、清助を説得して来た立場がある。引き下がるわけにはいかなかった。
「では、他にどんな妙手があるのでしょうか? 身共は、この術に懸けるつもりです」
「二刻ほど後に、また、この話をしよう。それまで、頭を冷やし、よくよく考えるのでござるぞ」
嘉芽市は、「頭を冷やし」の言葉に、かちん、と来た。
二刻後に、南側坑口の前で、武三郎と再会した。
そこで嘉芽市は、思わず「えっ? 先生が……何故?」と声を発した。武三郎が周介を伴っていたからだ。
周介は、嘉芽市の顔を見るなり、いつもの嗄れた声で、諭し始めた。
「「焼き落とし」をするつもりらしいな。あまりに無謀な策。即刻中止せよ」
嘉芽市が、周介の忠告を素直に受け入れるはずもなかった。
「ほほう。ならば、先生には、もっと優れた術の御用意があるものと推察いたしまするが?」
「いや、それは……」
周介らしくもなく、もごもごと口籠もった。
とにかく、嘉芽市の暴走を早く止めねば――と、武三郎が、急ぎ、引っ張り出して来たらしい。
嘉芽市は、「これなら、議論で勝てそうだ」という感触を得て、攻撃的な気持ちとなり、弁を畳み掛ける。
「御代官様の御同意を頂いておりまする。異論がございますれば、御代官様にお話されるのが妥当と存じまするが」
嘉芽市は、清助の性格を熟知している。「焼き落とし」決行を命じた清助が、有効な代案もなしに、一度は下した判断を容易に覆すはずがなかった。
口を噤んだままの周介に代わり、嘉芽市は続ける。
「もはや、御代官様以外の、誰が何と申されようと、断行いたす所存にてございまする。必ずや、見事に成功させ、先生の御名をさらに高めたい――と、存知まする」
最後の一言は、もちろん皮肉である。
さらなる論戦に、嘉芽市は身構えた。が、周介は、「わからぬのか」と呟くと、がっくりと頭を垂れた。剃り上げた頭頂が、寂しく光っている。
改めて正面からじっくり見た周介は、肩の肉が落ち、以前より、背の曲がりが増した気がした。
勝利の美酒を味わう一方で、天上に住んでいたはずの師が、己の足元に屈した事実を、歯痒い苦さで受け止めていた。


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