第六章 甲州流土木法 6 (8月14日の投稿から連載している小説です)

嘉芽市は、陣屋を訪ね、清助に謁見を願った。
石工どもから請求のあった日当の上積みを、清助に諮らねばならなかった。
「なにい? 日当を増やすだと? 寝惚けた話を申すでない!」
のっけから清助の機嫌は斜めだ。
「御代官様、何卒、お聞き届け下さいませ」
「そんなことより、普請が一向に進んでおらぬのは、どういうわけだ? もう十月の声を聞いておるのだぞ。期日内の完成は無理との声も耳にしておる」
本当は陣屋に来たくなかった。普請の遅れを責められるからだ。
「この愚か者めが! 「天童」などと、おだて上げられ、慢心しおったか? 雅兄の一番弟子が、聞いて呆れるわ!」
老中直々の藩命をやり損ねたとあっては、己の出世どころか、改役の不安までちらつく。清助が、言葉を選ばない気持ちに、同情の余地はあった。
が、サキにすげなくあしらわれている状況が、嘉芽市の判断力を微妙に蝕んでいた。
次々と浴びせられる卑しみの言葉に、つい、いきり立ってしまう。
平伏していた顔を、きっと持ち上げ、清助を直視した。
「普請が滞っておりまするのは、硬い岩の塊に当たっておる故。この塊さえ、何とかできれば、隧道の完遂は容易いと、存じまする」
「手はないのか」
「一つだけございます。これまで、危険を伴う術である故、使用を控えておりました。ですが、普請をこれ以上は遅らせるわけに参りませぬ」
清助に厳しく責められる中で、「焼き落とし」なる方法を、咄嗟に思い出した。
「焼き落とし」とは、甲州流土木法に伝わる術の一つだった。
まず、岩に油を掛け、火を放つ。火で岩がじゅうぶんに熱せられた時を見計らい、岩に水を掛けて一気に冷やす。温度の激変で、堅硬な岩を脆くし、鑿で突き崩し易くする方法である。
懐紙を取り出し、起死回生の手段について清助に説明した。
「早速、その術を遣ってみよ。日当の件は聞き届けたぞ」
説明を聞いた清助の声には、期待が籠もっていた。


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