第六章 甲州流土木法 5 (8月14日の投稿から連載している小説です)

女は、サキに違いなかった。
しかし、サキが生きていた喜びよりも、撥ね突けられた心の痛みのほうが大きかった。
それからは、普請は、二の次、三の次の事項となった。
「何の報せもせず、姿を眩ませていた理由は何か? なぜ、冷たい態度をとるのか?」
同じ自問を、幾度となく繰り返しては悩み苦しむ。
もしかして、サキは、他の男に気持ちを奪われたのか? 不意に、弥十郎の顔を思い浮かべ、ぎくりとする。
晴れない気持ちのまま、普請現場に通っていた嘉芽市は、ある日、意外な光景に出会す。
周介がとサキと向かい合い、真剣な面持ちで何かを話し合っていたのである。サキの表情には、切々と何かを訴える様子が窺えた。
サキは、嘉芽市に気付くと、気まずそうに周介から別れ、足早に姿を消した。周介も、嘉芽市を一瞥しただけで、無言のまま立ち去った。
嘉芽市の心は、ちりぢりに乱れた。二世代ほども年の離れた者同士の淫らな関係を想像し、嫉妬を募らせもした。
それからは、サキに声を掛けられなくなった。顔を見ると、辛さばかりが身を苛む。
いっそ、サキの死を信じていた時のほうが、どれほど楽だったろう。サキの姿が目に入る度に、胸が張り裂けそうな切なさを味わった。
それでも嘉芽市は、サキを諦められない。いや、むしろ日を追う毎にサキへの恋情は募るばかりだった。
岩塊の掘削は、遅々として進まなかった。技量と道具の双方が劣るのだから、当然の帰結だった。一日また一日と、無為な日々が過ぎて行く。
息苦しいほどのサキへの恋慕、先行きの見えない普請への焦燥――嘉芽市は、眠れぬ夜を重ね、藻掻き苦しんだ。


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