第六章 甲州流土木法 3 (8月14日の投稿から連載している小説です)

隧道を出ようとした嘉芽市は、カキ板(運動場の整地に使うトンボに似た道具)で、土砂や岩屑を寄せ集めている女の後ろ姿に目を奪われた。
男だけでは人夫の確保が間に合わない。女でも、削り落とした岩や土塊を掻き集める仕事であれば、男と遜色なくできる。日当が男の半分で済むので、倍の人数を雇える利点もあった。
女は二人いた。大柄で肉付きのよい女と、小振りで細い女だ。
気になったのは小柄な女のほうだった。子供のような体格だが、仕事ぶりは、大女に負けない。なにより、後ろ姿に、サキを彷彿させるものを感じた。
だが、疎らな蝋燭の光の中で、時折ちらっと覗く横顔を観察する程度なので、顔をはっきり見分けられなかった。
一刻後、飯場の前を通り掛かった時に、再び、小柄な女に出会した。
今度は、擦れ違いざまに、顔と顔を向かい合わせる形となった。瞬間、心ノ臓が引っくり返りそうになる。
「似ている。あまりにも似過ぎておる」
喉から零れ出そうになった声を、辛うじて寸前で抑えた。
女は、会釈したものの、格別の反応は示さなかった。歩みを乱す様子もなく、そのまま、飯場の中に入って行った。
視界から女の姿が消えると、幾ばくかの冷静さを取り戻した。
女の小袖は岩屑で汚れ、生地もぼろぼろだった。ぼさぼさに乱れた髪の下にある顔は、陽に焼け、岩埃が額や頬に貼り付いていた。
顔は確かに、よく似ていたかもしれない。だが、むさ苦しい風体は、サキとは似ても似つかない。それに、もしサキであれば、まず嘉芽市に会いに来るはずだった。
嘉芽市は、飯場の入口を見詰めながら、「気のせいか……」と呟いた。
「如何なされましたか?」
件の老石工の声に、嘉芽市は振り返る。
老石工であれば、女の素性を聞いているかもしれない。
「岩屑集めをしておった小さいほうの女じゃが、何者なのじゃ?」
老石工は、時に目をぱちくりさせたが、柔和な表情にすぐ戻り、答えた。
「ああ、スヨでございますか? 雇うておった女が、急に病になりましてな。「代わりじゃ」と申して、十日ぐらい前から出ておりまする」
「何処から参った女じゃ? 堀坂の者ではないようじゃが」
「何でも津山の絶人(たえにん)の娘とか、聞きましてございます。じゃが、絶人の娘と申しましても、御心配には及びませぬ。なかなかの働き者で、素直な女でございまする。決して、怠けたり、盗みをする女ではございませぬ」
絶人とは、津山藩領において、年貢を収められなくなった農家を指す。絶人となった一家は、屋敷や田畑を村に差し出さねばならない。
挙げ句に、村外追放となったり、末席の百姓に落とされた上で、村内居住を許されたりした。
無宿となり、あるいは、生活を支える手段を失うため、野荒らしや盗賊に走る場合が多かった。


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