第六章 甲州流土木法 2 (8月14日の投稿から連載している小説です)

嘉芽市は、岩塊への対応策について、武三郎に相談を持ち掛けた。
「岩を避けて隧道を迂回させるか? あるいは、岩塊を真っ直ぐ穿ち貫くか? ――選ぶべき方法は二つ。が、それぞれ長所短所がござる故、どちらとも申しかねる」
返答は、歯切れが悪いものだったが、言わんとしている意味内容は理解できた。
迂回すれば、今まで通りの掘り易さを維持できる。が、岩塊の大きさ次第では、隧道の延長が徒に伸び、裏目に出る場合も考えられた。
岩を真っ直ぐ削れば、隧道が長くならずに済む。反面、掘り進む早さは格段に落ちる。小鍛冶が一人となった現状では、鑿の供給にも不安があった。
悩ましい選択なのである。
結局、嘉芽市は、迂回策は取らず、岩塊を真っ直ぐ穿つ判断を下した。
遅れを少しでも取り戻したい思いが強い故に、掘削距離の短い策を選んだのだった。新たな小鍛冶の確保さえできれば、鑿の問題は解決可能――と考えたのも、理由の一つだった。
ところが、のっけから、大きな計算違いが生じ、頭を抱えた。
周囲の小鍛冶の間に、祟りの話が広く伝わっていたのである。火を扱う職業故、縁起を担ぐ者が多い。金で釣っても、腰を上げる小鍛冶はいなかった。
岩塊の掘削に掛かるや、鑿の在庫は、忽ちにして枯渇した。一人だけ残っていた小鍛冶の親分が、早朝から深夜まで汗を振り絞ったが、とても追いつかない。
やむなく、切れ味の悪くなった鑿でも我慢して使用するよう指示した。すると、石工の質の低下と相まって、ますます掘削の進みは遅滞した。
十月を間近に控える頃には、普請は遅れに遅れ、もはや、危機的な状況を迎えるに至っていた。
「どうじゃ、進み具合は?」
嘉芽市は、掘削面の近くに立ち、槌を振るう石工に語りかける。日に日に寒さを増す外気とは異なり、切羽には、むっとするほどの熱が籠もっていた。
「捗りませぬなあ。何分、鑿の切れ味が悪いですけえ」
石工の齢は五十を超えているだろう。隧道の外で見れば、白髪に皺だらけの老人だ。だが、諸肌を脱いだ身体には艶があり、筋肉の張りも、若者と見間違うほどだった。
老石工は、当初からの石工三人衆の一人だ。他の人夫とは異なり、別段祟りの話を気にする様子を見せなかった。
むしろ、若く才気に溢れる嘉芽市に好感を抱いているらしい。心易く会話のできる数少ない相手だった。


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