第八章 亀、走れ! 9 (8月14日の投稿から連載している小説です)

夜が明けると、雨雲はすっかり去っていた。
隧道からは、まだ水が流れ出ている。もっとも、昨夜の破壊的な勢いには、ほど遠く、水も澄んでいた。
坑口の前には、噴き出た水の勢いを物語る、深く大きな窪みが残っている。
嘉芽市は、人夫どもを四方に散らし、水に流された者どもの捜索に掛かった。
すると、次々と刺客どもの骸が見付かった。遺骸は七体。皆、濁流に全身を捏ね回されたらしく、傷だらけになって死んでいた。
ところが、武三郎と左京が、何処にも見当たらないのだ。
「武三郎様は、見付からぬか?」「左京の亡骸はなかったか?」
嘉芽市は、人夫どもに、回数を忘れるほど、問いを重ねた。
そのうち、耳寄りな話が入った。下流の村で、長身の侍が、運良く助けられたと、言うのだ。
「武三郎様か?」
嘉芽市は、一瞬、色めき立った。
だが、確認に走らせた人夫の報告は、連れない内容だった。
「違いまする。「痩せた御方で、見上げるほど大きくはなかった」と、御侍を助けた者が、申しておりました。お顔が白かったとか。夜が明けるとともに、御姿を消されたそうでございまする」
「くっ、左京か……悪運の強い奴じゃ」
嘉芽市は、吐き捨てるように呟いた。
だが、左京の前途は暗いだろう。
左京に指示を与えていた人物が、江戸城内にいるはずだった。密命を果たせなかった左京は、江戸にはもう帰れない。戻れば、厳しい沙汰が待ち受けているからである。
むしろ、これからは、口封じの追っ手の目を逃れながら、細々と、闇の中に生きていかねばならぬだろう。
まるまる三日間の捜索にも拘わらず、武三郎の行方は、とうとう知れなかった。


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