第八章 亀、走れ! 6 (8月14日の投稿から連載している小説です)

激しい雨の音が、低い地響きとなって、隧道の奥まで伝わって来ていた。
いつ、川の水が土嚢を突き崩し、隧道内に雪崩れ込んでも、おかしくない。サキの言葉は、決して大袈裟でなかった。
だが、侍どもが、逃げ道を塞ぐ場所に陣取っていた。突っ切ろうとすれば、刃の洗礼が待っている。
人夫どもは行き場を失い、おろおろと狼狽え、一箇所に固まっていた。
嘉芽市は、腹に力を込めた。人夫どもに向かい、隧道内に轟け! と、ばかりの大声で命じる。
「掘削を続けよ! 穿て――穿つのじゃ!」
人夫どもは、言葉の意味を解しかねたらしく、目を右往左往させた。なにしろ、命令どおりにすれば、剣を構えた敵に、背中を晒す格好になるからだ。
嘉芽市は、侍どもの接近を阻もうと、両手を拡げ、さらに声を振り絞った。
「もはや、活路は土壁の向こうにしかない。血路を開くのじゃ。隧道を穿て!」
針鼠の如く串刺しされようとも、盾となり、人夫どもを守り通す――普請の指揮者たる凛とした覚悟を示したのだ。
あとは、普請の再開以来、培って来た、人夫からの信頼に懸ける他はなかった。
すると、嘉芽市の凄まじい気迫に呑まれたが如く、一人、また二人と、人夫どもは、鑿を手に、掘削面に向かい始めた。
侍どもは呆気に取られている。人夫どもが、刀剣の脅威を無視し、作業を再開したのだから。
いち早く己を取り戻した左京が、戸惑う侍どもを叱咤した。
「何をしておる。あの者どもを止めよ。皆、斬り捨ててしまえ」
左京の声に呼応したのは武三郎だった。しゃきっと剣を抜き放つ。
「ここは拙者が引き受け申した。誰一人として手出しはさせぬ」
侍どもは、前に進むどころか、身を固くして半歩後退した。
嘉芽市は、足元にひやっとした感覚を覚え、地面を見た。水が隧道の奥まで流れて来ている。
侍どもも、動揺は隠せなかったが、逃げようはしない。左京の命に背けば、死を免れないからだろう。
左京は、口元に余裕の笑いを浮かべ、ねちっこい指示を出す。
「焦るな。じわじわ攻めよ。さすれば、数馬とて、怖れる必要はない」
武三郎の身長は、隧道の高さと同じである。さらに、木枠の存在が、空間をさらに窮屈にしていた。膝を曲げ、中腰で構える武三郎の姿勢は、いかにも不自然だ。
左京は、武三郎の体力が長くは保たないだろう――と、見ているのだ。
と、なれば、武三郎が保ち堪えているうちに、隧道を貫通させなければならない。
人夫どもは、いつもは二人しか入らない場所に、四人が押し合い圧し合い入り込み、何物かに取り憑かれた如く、鬼神の勢いで槌を振るっている。
土壁の向こう側の石工も、こちら側の槌音に気付いたらしく、休んでいた掘削を再開した様子だ。
武三郎の腿が、ぶるぶると震えているのが分かる。強靱な肉体でも、さすがに体重を支える限界が近付いているのだろう。
疲労を嗅ぎ取った相手が、間合いを詰め始めた。
水は足首の上まで来ていた。土嚢が決壊するまで、もう幾ばくも時はない――と、思えた。


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