第八章 亀、走れ! 1 (8月14日の投稿から連載している小説です)

十二月末日。普請の期限となる日を迎えた。
夕七ツ。激しい雨が、滝の如く降り落ちている。
荒れた天気であったが、南側坑口から入った隧道内は、いつもより多くの蝋燭が焚かれ、ほんのりと明るい色が拡がっていた。
狭い坑道内には、清助を始め、陣屋の役人が裃姿で勢揃いしている。
人夫どもも集まり、役人たちの後方から、掘削面で槌を振るう石工の背を見ていた。皆、喜色を顔に浮かべ、ざわざわと話し声を立てている。
「何でも、十日前から、向こう側の槌音が聞こえたらしいで」
「三日前からはな、大声で怒鳴りゃあ、向こう側に届くようになっとるんでえ」
隧道の中は、今か今かと開通を待つ、華々しい雰囲気に塗り潰されていた。外で、激しく地を叩く雨音すら、来る時を盛り立てる太鼓の音に聞こえた。
「とうとう隧道開通の日を迎えたのう。一時はどうなるやら? と、心配したが、見事に成し遂げて見せた。誠に天晴れであるぞ」
床几(しょうぎ)に腰掛けた清助は、上機嫌で声を発し、嘉芽市にまん丸の笑顔を見せた。
切羽の雰囲気も上々だ。
衆目を集める中、「我こそが、先に掘り抜く」とばかりに、石工の気合いも、普段より数段上だった。
だが、嘉芽市は、緊張感を強く感じていた。実際に、両側がうまく落ち合わない限り、油断は禁物だ。
「まだかのう? ……まだ開かぬかのう?」衆人の期待が、時を重ねる毎に高まる中で、隧道は、貫通しそうな気配を、なかなか見せなかった。
半刻、さらに一刻が経過した。掘削の進みも一尺を超え、一尺一寸、二寸……と、進んでいた。しかし、向こう側に抜ける穴は、未だに開かない。
(おかしい……。もう、出逢ってもよいはずなのじゃが)
嘉芽市は、首を捻る。
最初の測地や計算に狂いがあって、それぞれの進路が食い違っていたのでは? それとも、坑内測地において塵(誤差)が大きく生じたのか?――胸の痛むような疑心が生じ、思わず胴震いしそうになる。
が、厳密を究めた測地や、何度も検算した経過を想起すれば、落ち度があるとは思えなかった。
周囲に不穏な空気が拡がり始めた。笑い声混じりで、ざわめいていた隧道内が、いつの間にか静まり返り、時折、囁き声がこそこそと響くのみとなった。
清助にも懸念が生じたらしく、「どうした? まだか?」と、しきりに嘉芽市に訊ねる。
「御心配には及びませぬ」嘉芽市は、度毎に返事した。が、声からは、徐々に力が失せて行った。
武三郎も困惑しているようだった。小さな眉を寄せるばかりだ。
一尺五寸ほど掘り進んだところで、ついに、清助が我慢できなくなったらしい。
顔面蒼白となって、黙ったまま立ち上がる。横に立つ藩士と、ひそひそと声を交わすや、嘉芽市に一瞥すら与えず、隧道を出て行った。
陣屋の役人どもも、清助の後を追い、そそくさと去って行く。


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