第五章 普請始まる 7 (8月14日の投稿から連載している小説です)

力強く盛り上がった石工の裸体を、蝋燭の火が照らし出している。噴き出た汗が光を跳ね返し、躍動する背筋に、透き通った光沢を与えていた。
軽快な音を立てながら、右から左、上から下へと、小気味よく鑿が移動していく。
褌一丁の石工は、祭太鼓でも打っているような滑らかな手捌きで、掘削面を削っていた。
「ずいぶんと捗っているようでござるな」
隧道の中に、武三郎の野太い声が、地鳴りの如く響いた。
嘉芽市は、予期せぬ声に驚き慌て、あわや、岩壁に頭をぶつけそうになる。
「いつ、お帰りになられたのでございますか?」
「たった今でござる。嘉芽市殿が切羽の監察をしておる――と耳にいたし、早速、参上致した」
隧道の高さとほぼ同じ背丈の武三郎は、いかにも窮屈そうに巨体を縮ませている。
嘉芽市は、武三郎を見た途端、張り詰めていた身体の筋から、久方ぶりに、すっと力が抜けるのを感じた。
「拙者が不在であった間の様子を聞かせてくれまいか?」
「三月末まで硬い岩盤に苦しみましたが、掘り進むうちに、だんだんと軟らかい層になりまして。今では、普請の初め頃とは比較にならぬほど、削り易くなりました」
六月も終わりに差し掛かっていた。梅雨が明け、隧道の外は、照りつける陽に焼かれ、草も萎えるほどの暑さになっている。
一方、穴の中は、ひんやりとした空気で満ちていた。じっとしていると、寒さを感じるほどだ。
石工どもは、快適な環境と快調な作業に気をよくし、汗を飛び散らしての奮闘ぶりを見せていた。これまでの遅れを取り戻さんばかりの勢いで、掘り進んでいる。
武三郎は、ぺたぺたと切羽の表面を、分厚い掌で触った。指先に付着した岩の粉を擦り合わせ、感触を確かめる。次いで、しゃくれ顎を、何度も上下に揺らした。
「確かに「よい山」でござるな。掘り易く崩れ難い――が、安心は禁物でござる。今のままの岩質が続くとは限らぬ故」
嘉芽市は、続けて、懸案事項を報告しようとする。掘削が順調になったのにも拘わらず、気持ちが晴れない事情があったのだ。
「実は、鑿が全て持ち去られる事件が起こりました。それだけではございませぬ。四月と五月には、飯場で原因不明の小火(ぼや)騒ぎが続きました。さらに、何者かが、祠の前や隧道の入口に、蛇の骸を転がすのでございます。一度や二度はともかく、余りに度重なるので、人夫どもが気味悪がっておりまする」
蛇は、龍や河童などとともに、水神の使途と見なされたり、あるいは水神そのものの象徴とされていた。単なる嫌がらせとは思えない。明らかに人夫どもの畏怖を煽ろうとする意図が感じられた。実際、人夫どもの間で、またも水神の祟りを怖れる声が流れているのを、耳にしている。
武三郎は、中腰に折り畳んだ姿勢に疲れたらしく、頭と岩天井の間隔を手で測りながら、ゆっくり膝を伸ばした。
「犯人の見当があるのでござるか?」
「小鍛冶の中におる――と、確信しておりました。御代官様も、鑿泥棒の直後に、鍛冶場の監視をお命じに……。ところが、その後も異変は止まず、なおかつ、小鍛冶が動いた様子が一切ないのでございます」
小鍛冶を〝強硬派〟と目した嘉芽市の確信は、揺らぎ掛けていた。


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