第五章 普請始まる 3 (8月14日の投稿から連載している小説です)

「危急の事態と聞いたが、いかが致した」
どすどすと大きな足音を響かせ、武三郎がやって来た。嘉芽市が、人夫を走らせて、陣屋から呼び出したのだ。
嘉芽市は、異変の内容を口早に報告する。
だが、事実のみの説明に止め、〝強硬派〟の仕業では? ――との推測までは言及しなかった。
「これから、どう致す? もう一度、初めから測地をやり直すおつもりか」
武三郎は、狼藉者よりも、普請への影響を懸念している。
嘉芽市は、軽快に返答した。
「心配ご無用。杭は、身共がすぐに復元してみせまする」
武三郎は、釈然としない表情を浮かべた。
が、二呼吸ほどしてから、ぽんと腿を叩き、「なるほど」と唸った。
「それでは、拙者は、祠のほうを何とかいたそう。まずは、代官様に本件をお伝えせねば」
武三郎は、踵を返し、大きな草履の底を見せながら、陣屋に向けて走り去った。
嘉芽市は、地図を片手に、杭のあった場所の周囲を歩き回った。方位測地の最後に、草の中や石の陰などに打っておいた三本の杭を探しているのだ。
杭を見付けると、方位盤を据えた。『座板』を、持ち去られた杭の方位に向ける。次いで、『天衡の定規』の『星印』と一直線になるよう、綱をぴんと張らせた。張った綱はそのままに、次の杭に方位儀を移動し、同じ行程を繰り返す。
綱同士が交わった点に杭を打たせると、大切な基準杭は、嘉芽市の言に違わず、いとも簡単に復活した。
三本の杭を打つ本来の目的は、人夫が足を引っ掛けるなどして、杭が動いた時の備えだった。つまり、現代の測量における「引照点」と同じ機能を持つ。
「引照点」は、見付かり難い草の中や石の陰に打っていた。不逞の輩(やから)による難が、「引照点」まで及ぶ危険を想定したからだった。
基準杭の修復を終わると、そのまま、坑内測地に移った。
まずは、基準杭から切羽面までの間尺を積もる。坑内と雖も、隧道は、まだ四尺に満たない短さだ。外部の光がじゅうぶん射し込み、外と変わらぬほど明るい。
「右じゃ、右! あと少し上にせいっ!」
次に、基準杭に方位盤を整置し、初めて岩肌に標を書いた時と同じ要領で、墨を入れさせる。
坑内測量では、新たな作業が加わる。南北坑口の高低差に基づく勾配を加味しなければならないからだ。
具体的には、錘を吊した糸を垂らし、岩肌に記した標の上に糸が重なるようにする。
次に、基準杭から切羽面までの間尺に対応した高低差を計算する。先に記した標を起点に、算出した高低差分だけ、糸に沿って上下させた位置に、新たな標を墨で書き入れる。
すると、勾配も考慮した隧道の中心線の標ができる。

坑内測地を終え、夕刻に屋敷に帰ると、下男から封書を渡された。
「見慣れぬ御武家様が屋敷に参られ、この書を」
訪問者の風体を下男に尋ねてみたが、心当たりはなかった。
がさがさと白い紙を開くと、左京からの便りだと判った。貪るように読む。
「中村嘉芽市殿
拙者、蛮力によりて普請を破壊せんと目論む同朋を、食い止めるべく奔走するも、収むるところを得ず。今や、我が身にまで危局が及ぶに至り、身を潜めておる次第。
昨日、手荒き輩(ともがら)、ついに動くところありや、と、聞くに及ぶ。嘉芽市殿の御身が気に掛かり、胸中の痛み極まりき。我が身の無力を嘆いて止まぬ。
願わくば、嘉芽市殿が、早くお心を改めんことを祈る。御改心あれば、我が身を呈する覚悟。刃の犠牲になりとも、吝(やぶさ)かでなし。
どうか、嘉芽市殿、今一度、御再考なされるべし。                               二宮左京 」
嘉芽市の推察した通り、〝強硬派〟が跳梁を始めていた。これからの普請は一筋縄では行かないだろう。嘉芽市の身辺まで危険が及ぶかもしれない。
だが、隧道の竣工を目指す気持ちには、些かの迷いも生じなかった。


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