第五章 普請始まる 2 (8月14日の投稿から連載している小説です)

普請が始まってから、二十日経った。
明け六つ(午前六時)を過ぎたばかり。嘉芽市は、飯場から出てきた石工を呼び止めた。
「どうじゃ、切羽(きりは)(=掘削面)の具合は?」
石工は、岩の粉で汚れた顔をごしごしと袖で拭うと、冴えない声で答える。
「岩を打つと、火花が散るほど硬(かと)うて。鑿も早ようにちびるので、いっこうに捗りませぬ」
掘削の進捗は大幅に遅れていた。未だに、南北とも四尺(1.2m)弱しか進んでいない。
本格的な掘削作業が初めての者ばかりで、慣れるまで時を要した。しかも、いきなり手強い岩層に突き当たったためだ。
作業に慣れ、少しづつ効率がよくなってきている。だが、期限までに間に合うかどうか、頗る微妙となっていた。
嘉芽市は、ひやりと澄んだ空気を肌身に感じつつ、普請の安全と成就を祈るため、祠の前に立つ。普請が始まって以来、毎朝の祈念を欠かさず続けていた。
ところが、目の前の異様な光景に呻き、続く言葉を失った。祠の中が、滅茶苦茶に荒らされていたのだ。
そっと祠の扉を閉じた。不自然とは思ったが、中を晒しておくよりは、よっぽどマシだった。
人夫が祠の中の様子を見れば、気味悪がるに決まっている。不吉な予兆――と、受け止め、以後の作業を拒むだろう。
一息吐く間もなく、今度は、背後から呼ぶ声が聞こえた。
「大変でございます。坑口前に打った杭がありませぬ」
嘉芽市は、杭を打った位置に、だだっと駆け寄った。
見れば、確かに杭が消えている。周囲にも転がっていなかった。たぶん、持ち去られたのだろう。
さらに、杭の埋めてあった付近の地面が、がさがさに荒らされている。明らかに、打ち込んであった位置を不明にしようとする意図が窺えた。
坑口前の杭は、掘削の方位などを確認する際の基準となる点だった。普請において最重要の拠点と、言っても過言ではない。
いずれも、単なる悪戯ではない。普請を邪魔しようとする者の犯行に間違いなかった。
しかも、心憎いほどに要所を攻める手口――犯人は隧道普請の本質を理解している。
嘉芽市の脳裏を、水神の小祠での出来事が掠めた。
〝強硬派〟が、いよいよ本格的に動き出したとしか、思い当たらなかった。


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