第五章 普請始まる 16 (8月14日の投稿から連載している小説です)

嘉芽市が屋敷に辿り着いた時には、火事はすでに鎮火していた。
白壁の輝きを誇っていた母屋は、僅かばかりの柱を残すのみで、廃墟の如き有様に変わり果てている。
組頭や百姓どもが数多く駆り出され、火事跡の片付けに掛かっていた。
嘉芽市は、左右に行き交う者どもの中に、家族の姿を捜し求めた。
すると、父宗之助が、ぼんやりと母屋の残骸を見つめている。隣には、兄の背が見えた。
「えらいことになってしもうた」
嘉芽市に気付いた宗之助は、蒼白となった顔を向け、語尾を心細げに震わす。
「母上はどうなされたのでございますか? 八重とちゑは、何処に?」
「無事じゃ。ほれ、そこにおるで」
意外に近い場所で、身体を寄せ合っている母と妹の姿を確認し、ほっと胸を撫で下ろす。
宗之助は、火事発生時の様子を語り始めた。
自慢の絹羽織は煤だらけ。袖口も破れている。母屋から逃げ出す際の物々しさを語っていた。
「火元は風呂場じゃった。風呂場の火は、とっくに消えとったのになあ。何者かが火を放った――としか思えぬ」
「火を付けた者に心当たりは?」
「儂にゃあ、火付けされるほど、人から怨みを買(こ)うた覚えはない」
宗之助は、含みのある言い方をした。
頬を赤く腫らした妹の八重が躙り寄って来た。ぼろぼろに破れた縮緬の小袖が痛々しい。
「お兄様。屋敷の火事は、隧道の普請に関わりあり――と、耳にいたしました。御家老様の御命とは存じておりますが、屋敷まで焼かれるとは、あんまりでございます。どうか、普請から身を引いて下さいませ」
八重には、父のような遠慮会釈はなかった。母親やちゑは何も言わず、蒼い顔で震えているが、内心は、八重と同意見なのだろう。
家族に責められずとも、火事は〝強硬派〟の手によるものだ――と、嘉芽市には分かっていた。
藩命とは言え、家族を危険に晒してまで、普請を続ける行為が正しいのか?
しかし、もう後戻りできぬところまで来ていた。今更、普請を放り出すなど、できぬ相談だ。
ましてや、不逞の輩どもの思い通りには、絶対にしたくなかった。


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