第二章 藩命下る4

清助が、嘉芽市をさしおいて、周介に話しかけている。
「隧道の普請は、来年の末までには終えよ――との命が下っておる」
「御代官様、それはまた、お急ぎでございますなあ。差し支えがなければ、拙者にわけを教えてもらえませぬか?」
「いや、儂には、詳細が知らされておらぬ。ただ、普請に要する財貨には糸目をつけぬ――との御家老様の御方針だ。それだけ、この普請を重く見られておるのであろう」
清助の返答は、些か歯切れの悪いものだった。周介が、早口で問いを重ねる。
「お待ち下さい。文化八年(一八一一)の大火が厄となり、土浦の財政は窮乏しておると聞いております。一昨年の旱魃で、いよいよもって困窮の極みにある――とも。それなのに、飛び領地に隧道を穿つ普請に、いくらでも金を出すとは、何とも解せぬ話……」
嘉芽市は、顔をゆっくり持ち上げる。徐々に話の内容に興味を覚え始めていた。
清助は、短い眉を、くっと寄せる。
「いや、正直なところ、儂も雅兄と同じ考えだ。だが、勘定方に訊ねてみても、納得できるような回答が、一向に返って参らぬのだ」
何を質問しても、清助からは暖簾に腕押しの答ばかりだ。周介は、呆れ返ったのか、黙り込んでしまった。
もっとも、嘉芽市もよく知っているが、清助は平気な顔で嘘の吐けるような人間ではない。清助には、本当に満足な情報が与えられていないのであろう。
嘉芽市は、周介が指摘した問題とは別の不可解な点に気づいていた。
普通、隧道は何らかの利便をなすために作られる。たしかに、清助が示した隧道の南側の口付近には道が通っていた。ところが、北側の口の周囲は田畑があるだけで、百姓が野良仕事に通う小道以外には、利便を増す必要のありそうなものは何一つとして存在しない。
嘉芽市は、むずむずとする口を、とうとう抑えられなくなった。
「御代官様、この隧道は、いったい、何のために穿つのでございますか?」
清助は、左目の端から頬にかけてある赤い痣を、左の掌ですりすりと擦ってから、大きく目を見開いた。
「亀、余計な詮索は無用ぞ。お前は、命じられた場所に隧道を穿つことのみを考えればよいのだ」
清助は、嘉芽市の追及を拒絶した。目的が明らかにされない。急ぐ理由に説明がない。さらに、財貨面の裏付けも著しく不明瞭だ。まったくもって、摩訶不思議な工事だった。
(何処からか、想像もつかない力が働いているのでは?)
嘉芽市は、普請話の裏に潜む、焦臭(きなくさ)いものを嗅ぎとった。
嘉芽市には、大きな不安もあった。再び自然の力と対峙しなければならない点だ。
(またも、巨大な天地の力に叩き潰されるのではないか?)
今にもはち切れんばかりに水を湛えた堰を前に、おろおろと狼狽える小さな嘉芽市の姿が、映像となって頭中に去来していた。


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