第二章 藩命下る12

左京は、懸命に嘉芽市を説得しようとする。
「全てを包み隠さずお話し申しました。拙者の心意気に応えて欲しいのです。どうか、大きな目で時代の潮流を見極めて頂きたい……」
嘉芽市は、ついに左京の熱意に絆された。左京の情熱が移ったのか、嘉芽市の頬が熱く火照っている。
だが、左京への協力を口にしようとした刹那だった。突如として、嘉芽市の脳裏に、鼈(すっぽん)の口の先――因縁の岩山の周囲の光景が、閃光の如く走り抜けた。
(うっ、こ、これは……)同時に、嘉芽市の頭中で、瞬き一回程の間のうちに、ある構想が形を成す。
嘉芽市の顔の熱は、いっぺんに消え去った。
「何度そのように申されても、身共の気持ちは変わりませぬ」
「どうしても、お分かりを頂けぬ……と?」
左京は、がくりと肩を落とした。が、しばらくすると、顔を上げ、嫌味のない笑顔を浮かべた。
「嘉芽市殿の決意のほどには、ほとほと感心をしました。が、この左京、まだまだ諦める気はありませんぞ。いつでも結構です。お気持ちを改めましたら、拙者に連絡を下され」
左京は、連絡先を書いた紙片を渡すと、嘉芽市の身を案じながら、帰って行った。
嘉芽市は、左京の人柄に感じ入った。豊富な知識、人当たりの良さに加え、燃えるような情熱をかっかっと発散している。それでいて、押しつけがましさはなく、嘉芽市のような身分が下の人物も、丁重に扱おうとする。
嘉芽市は、別れたばかりの左京の顔を思い出した。美顔であるが、あえて難を言えば、鼻の下がやや長く、得もいえぬ愛嬌も感じさせた。嘉芽市は、頬が綻ぶのを感じた。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です