第三章 南蛮流町見之術 8

清助が、急に横から割り込んできた。
「駄目だ! とにかく、隧道の位置は変えられぬ。御家老様の御命に逆らうなど、もっての外だ!」
嘉芽市は、周介の次なる攻撃に備えながら、清助にも対処しなければならなくなった。
そこで、出過ぎた物言い――と、思いつつも、嘉芽市は言い切る。
「御代官様、大丈夫でございます。御老中様は、必ずやお許しをなされまする」
左京から聞いた話に、己の感性を重ねると、結界は、山形山から祠を通り、鼈の口先まで繋がっているはずだった。すなわち、嘉芽市の案でも、隧道は結界を貫く。
清助が、嘉芽市の案を取り上げ、藩元に繋げさえすれば、最終的には幕府で諮られ、結論が出る。「認められるのは、まず間違いない」と、嘉芽市は判断していた。
「何を申すか! 御老中様が、お許しになるわけがないっ!」
清助は、根が真面目なだけに、感情を拗(こじ)らすと、とことん頑固になる。あくまで嘉芽市の提案の取り上げを拒絶するつもりらしい。
嘉芽市は、堪り兼ねて、左京から仕入れた幕府の内情話を伝え、清助を説得する手段も考えた。
が、左京の情報は、物騒この上ない内容だ。公表すれば、左京の命が危険に晒される結果となる。嘉芽市自身にも、間違いなく悪しき余波が押し寄せるだろう。故に、嘉芽市は踏み留まった。
(くそうっ! ならば、どうすればいいのじゃ?)
嘉芽市は、下を向き、くっと唇を噛み締めた。清助の考えを改められないと、嘉芽市の苦労は、まさに徒労と終わる。
嘉芽市が、扱いやすし――と、思い込んでいた清助は、今や、岩のように凝り固まり、思わぬ難物と化していた。
新たな打開策も見い出せないまま、時だけがとくとくと経過していた。
座敷の中に、薄闇が浸透してきていた。武三郎と清助の右半身は、まだ外からの光をうっすら受けていたが、清助の左身と周介の全身は、陰の中に隠れつつある。
清助の冷厳とした声が、座敷と庭に、くわんと響いた。
「これにて、議を打ち切りとする。ついては、御家老様の御命どおりに普請を為すべし。また、嘉芽市に代わり、雅兄が普請の設計並びに指揮を執られるよう。皆の者、下がってよし!」
嘉芽市は、頭を落としたまま、目をきつく瞑り込む。心に、闇の訪れと同調するように、寂とした無念が広がっていった。
「御代官様」不意に、周介のやわっとした声が聞こえた。嘉芽市は、垂れていた顔を、ふらふらっと上げる。
嘉芽市は、全身の脱力を感じながら、周介の口元をぼんやりと見ていた。緊張で乾ききっていた喉の奥に、ひりひりと痺れを感じる。
周介は、清助に意外な進言をした。
「亀の案を、御家老様に諮られてはいかがでございましょう? 亀の申した理由は、それなりに一考を要するものと解釈致します」
嘉芽市は、我が耳を疑った。
清助は、「うむう」と宙を仰ぎ、腕を組んだ。その場にどたんと尻を落とし、考え込み始める。
既に庭は、真っ暗な闇の中に沈んでいた。風はなく、落葉が腐り始めた甘く重い匂いが、座敷の中まで澱んでいる。
ぎゅっぎゅっと、廊下を踏む足音が近付いてきた。小者が、行灯を灯そうと、座敷にやって来たようだ。
清助が、天井に向けていた円い顎の先を定位置に戻した。ふーっと、大きく息を吹き出すと、いかにも不本意な意思を感じさせる渋面を拵え、口を開いた。
「分かり申した。雅兄がそこまで申すのならば……、この図面を土浦に申し送ることにいたそう」
嘉芽市は、喜ぶ気持ちさえ忘れ、戸惑っていた。嘉芽市を憎んでいるはずの周介の口添えが決定打となり、意図どおりに話が進んだ結末となったのだ。
周介の表情は、暗中にあり、もはや読み取れない。嘉芽市は、こなしきれない食物が腹に凭れた時に似た感覚を味わっていた。
(もしや、儂の考えていることを分かっておられるのか?)
嘉芽市は、小さく身動ぎした。胸の内にある構想は、誰にも伝えてはいない。が、周介にはすっかり見抜かれているのでは?
――そんな思いに囚われた。


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