第三章 南蛮流町見之術 7

嘉芽市は、周介が、ずばっと誤差の値を示した事実に舌を巻いた。しかも、「三十分」という数値は、嘉芽市が、事前に算出した結果と一致していた。
両側から掘り進んできた隧道の中心線が、反対の向きに、幅あるいは高さの半分以上ずれると、両者は落ち合えない。と、なれば、六尺四方の隧道の場合なら、接合地点での誤差の限度は三尺以内となる。
だが、それぞれ三尺ちょうどの誤差を生じた場合を図面で想定してみると、接合部が「く」の字を形成してしまう。隧道たる体裁にはほど遠く、嘉芽市には耐え難かった。そこで、誤差の限度を、三尺のさらに半分の一尺半に設定した。
次に、考えねばならないのは、一尺半という長さの誤差を、如何に方位の誤差に読み替えるか? ――である。
嘉芽市は、「割円八線表」(三角関数の計算結果を角度ごとに纏めた表)を活用した。三角関数の表は、享保十一年(一七二六)には、中国から我が国に伝えられていた。
近似的に、弦(斜辺)を半町とする鈎股形(こうこがた)(直角三角形)を想定し、鈎(こう)(直角を挟む短い辺)を一尺半とした時の正弦(sinθ)の値に対応する角度を求めたのである。
正弦の値は〇〇〇八三三三〇であり、「割円八線表」では、〇度三十分の正弦の値〇〇〇八七〇六五が最も近かった。従って、方位の誤差を三十分以内とする結論を導いた。なお、当時は小数点の概念がなく、小数点抜きで示した。
おそらく、周介も、嘉芽市と同じ考え方を基に、計算したのであろう。だが、周介が、「割円八線表」を隅々まで諳んじてなければ、暗算できないはずだった。
嘉芽市は、周介の、凡人からは遙かに逸脱した能力に、今更ながら、瞠目せざるを得ない。
なお、現代のトンネル測量において、同様の計算をする場合には、ラジアン(百八十度を円周率で除した値)を用いる。即ち、目標とする誤差一尺半(〇・四五四五二五メートル)に一ラジアン(五十七度十七分四十五秒)を乗じ、トンネル長の二分の一である半町(五四・五四五メートル)で除する。解は〇度二十八分三十九秒となり、嘉芽市や周介の結論と大きな相違はない。
ところが、大きな問題があった。嘉芽市と周介が共用している方位盤(方位を測る器具)では、方位の目盛りが二百四十しかなかった。十二支が時計と同様の順に配され、各支毎に、二十の細目盛りが付けてある。
故に、一目盛りの間隔は一度三十分となり、目標誤差の三十分を上回るため、今回の測量には使えない結論となる。
嘉芽市が、一番に頭を痛めている問題点を、鋭く周介に突っ込まれたわけである。
もちろん、嘉芽市が引き下るわけにはいかない。敢然と、周介の挑戦を受けて立つ。
「で、できまする! 身共には、策がございまする」
嘉芽市は口を動かしながら、薄ら寒いものを肩の周囲に感じていた。「策」なんぞ、何も持ち合わせていなかった。周介がさらに追及してきたら、いよいよ崖っぷちに追い込まれてしまう。
目に力を込め、周介を威嚇するように睨み付けてはいるが、その実、胸はどきどきと早鐘を打ち、背中には冷や汗が何本も筋を引いていた。


第三章 南蛮流町見之術 7” への6件のコメント

  1. 竹内さん

     ありがとうございます。アドレスをクリックしてみたのですが、検索結果が表示されなくて・・。どのようにしたらよいか教えて下さいますか?

  2. アドレスを、クリックすると、前に戻る、っていう窓が出ますから、そこをクリックしてみてください。ややこしくなってごめんなさい。

  3. ふえー。手間をおかけして申し訳ありません。戻ってから検索条件を入力する必要があるようです。

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