第三章 南蛮流町見之術 6

赤味を帯び始めた上空には、じゅうぶん過ぎるほどの明るさが残っていた。だが、庭は、薄墨を塗り拡げたような闇の中に没しつつある。
(どうして先生は、武三郎様に問われるのじゃろう? 儂の説明では信用できぬ――と、申されるのか?)
嘉芽市は、自尊心を傷つけられ、頭の芯が熱くなった。
同時に、周介の、人の良さそうな、しょぼしょぼした垂れ目の中に、どんよりと暗く澱む淵を見た気がした。
嘉芽市の説明を聞いてみよう――と、清助に提案した理由は、嘉芽市の案を俎上に上せ、武三郎に徹底的に扱き下ろさせようと意図したからではないか?
喉に痰が絡まった時を思わせる、武三郎のがらがらとした声が流れた。
「此度の普請では、幅一間、高さ六尺の穴を穿つ――とのこと。六尺四方となれば、掘削人夫は二人までしか入れませぬ。と、なれば、岩盤の堅さにもよるが、夜明けから夜半まで通して削っても、進めるのは一日に四~五寸。年初めから普請を始めたとして、年末までで、半町ほどが目安でござろう」
武三郎は、問われた事項だけに答えると、口を閉じた。
周介は、武三郎の回答に大きく頷くと、今度は、嘉芽市の顔を覗き込んだ。
「亀、お前の積もりは如何ほどなのじゃ?」
「身共も一日五寸と考えておりました。武三郎様と同じにてございます」
いきり立った清助の声が響く。
「儂は、この図面の場所に赴いたことがあるのだが、隧道の長さが、半町で収まるとは、とても思えぬ。亀、答えよ! この隧道、如何ほどの長さになるのじゃ?」
「はい。ちょうど、一町にてございます」
清助が、ははっと軽い笑い声を上げながら立ち上がった。嘉芽市を、子供扱いした目付きで見下す。
「ほうら見よ。亀の案では、期限までに工程の半分も済まぬではないか?」
嘉芽市は、清助の指摘に、凛とした声で応えた。
「いえ、できまする」
「おかしなことを申す。気でも違うたか? 半町しか進まぬ――と、お前が申したばかりではないか!」
清助には、嘉芽市が負け惜しみを言っているように聞こえたらしい。
「できまする! 隧道を、両側から掘り進めば良いのでございます。さすれば、年末までに、中央で隧道は繋がる算用にてございます」
周介が、謎かけでもするような口調で、話に絡んできた。
「両側から掘り進むはよいが、お互いが、出会わぬ場合もあるぞ。如何にして、二者がうまく中央で出会うようにするのじゃ?」
規距術(測量理論)に踏み入る内容だった。嘉芽市は、庵で周介と議論を交わしていた時の光景を想起した。
しかし、今は、珠玉の時間を楽しむ気持ちなど、さらさら起きなかった。周介は、嘉芽市の提案を攻撃している――と、思っておいたほうがよい。
「町見術を用いて、南北の口の位置と高下(高低)を積もります。続いて、両口を結ぶ線の方位と、両口の高下差に合わせた勾配を積もりまする。これに基づき、掘り進めますれば、必ずや繋がりまする」
周介は、ふふん、と、鼻息で応ずると、疑わしげな声を発した。
「簡単にはできぬぞ。儂の見るところ、半町の隧道同士が互いに出会うためには、方位にせよ、勾配にせよ、許される塵(誤差)は、度数にして三十分程じゃ。斯様な測地ができるのか?」
嘉芽市は、言葉に詰まった。最も痛いところを、ずばりと衝かれたのだ。
周介は、困惑する嘉芽市を見て、にやりと、べたつきを感じさせる笑いを浮かべた。
嘉芽市は、技術者ならではの、妬みの混じった残酷さを、周介からまざまざと感じ取っていた。持っているもの全てを注ぎ込み、育て上げた途端、「算法の道を捨てる」などと、勝手気儘に放言する弟子――今の周介にとって、嘉芽市ほど憎い人間はいないのではないか?


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