第三章 南蛮流町見之術 5

嘉芽市は、周介の思い掛けない言葉に驚いた。まるで、嘉芽市を擁護するような物言いではないか。未だに、愛弟子への愛情を捨てきれずにいるのだろうか?
ともあれ、せっかく得た機会を生かさぬ手はない。嘉芽市は、隧道位置の変更理由を述べた。
「御命の場所は、軟弱な土と脆い岩で、できております。斯様な条件では、落盤を予防するため、隧道の内法(うちのり)全体を、頑丈な木枠で補強しながらの普請となります。翌年の末までの完成は、よくよく難しいと存じまする」
武三郎に同意を求め、視線を向けた。だが、武三郎は、目が合っても表情一つ変えない。口も閉ざしたままだ。
「御家老様は、金には糸目を付けぬ――と、申されておるではないか。人夫の数を増やせばばよい」
清助が、苛立ちを籠めた声で、嘉芽市の意見を却下しようとした。
「畏れながら申し上げまする。金に任せ、人夫を寄せたとて、いつ何時、大崩するか分からぬ洞内では、作事に本腰は入りませぬ」
「むむう……」清助は、唸りながら、ぞりぞりと左頬の火傷痣を擦り立ている。
「もう一つございまする。隧道予定地の真上に、祠があるのでございます」
「それが、どうしたと申すのだ?」
「普請では、堀坂の村人が人夫の中心となります。ところが、この祠こそは、堀坂の者どもが水神を祀っている堂にございます。水神様の足下を穿つ――と、聞けば、祟りを怖れた村人が協力を拒むは必定、と」

ついに唸り声すら出なくなった清助を見て、嘉芽市は結論を導いてみせる。

「そこで身共は、隧道を穿つ場所の変更を検討したのでございます。得た結論が、この図面に示した位置でございまする。祠から遠く離れており、村人に不安を与えることはございませぬ。また、当地は堅固な岩盤から成り、崩落の危険も少ない利点がございまする」

「雅兄、如何様にお考えか?」清助は、周介に応援を求めた。
周介は、俄に眼光を鋭くさせ、嘉芽市を見据えた。
さっきは嘉芽市を利する発言をした周介であったが、今回も嘉芽市に都合の良い言動をする保証はない。嘉芽市は、身を強ばらせ、周介の口元に注目した。
「亀よ、硬い岩盤を刳(く)り抜くには、かなりの日数を要すはずじゃ。一年ほどで、隧道を貫通できるのか?」
嘉芽市は、周介の問いに、すかさず答えようとする。
ところが周介は、嘉芽市に問い質したのにも拘わらず、掌で嘉芽市の口を制した。「えっ?」嘉芽市は出鼻を折られ、動揺する。
周介は、嘉芽市の代わりに、武三郎を回答者として指名した。
「武三郎様、一つお知恵をお貸しいただけませぬか? 岩盤を穿つには、如何ほどの時を要するのでございますか?」


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