第三章 南蛮流町見之術 4

一月後の夕刻。嘉芽市は、近長(ちかなが)陣屋に、代官の清助から呼び出されていた。
近長陣屋は、田熊から一里余り東にあり、勝田、英田二郡の領地一万九千八十石を管轄していた。
陣屋は、一町歩を超える敷地の中に、御役所、大広間、白州等からなる表向と、役宅や茶室のある奧向を備えていた。西側には、十棟の大きな米倉が整然と並んでいる。
嘉芽市は、表向と奥向の繋ぎ部分に位置する座敷で、清助と対面していた。
座敷の西側の襖は開け放たれている。西日が差しているのだが、米倉の屋根に遮られていた。ために、座敷から見える庭は、陰の中にあり、北側に配した池は、どんよりと黒く見えている。
嘉芽市は、武三郎とともに現地を踏査した以降は、表面上、隧道普請の準備を何もしていなかった。当然、清助に、進捗状況の報告もしていない。
「亀、普請の段取りは、何処まで進んでいるのだ? 聞くところによれば、お前は、毎日ぶらぶらと過ごしているばかり――とか。いったい、どういう了見なのだ? 申してみよ! 」
清助は、頗(すこぶ)る機嫌を損ねており、鼻息を吹き付けながら、嘉芽市を厳しく詰問した。藩元から状況報告の催促がたびたびやって来て、困り果て、嘉芽市を呼び出したのに違いない。
座敷には、周介と武三郎もいた。今回は、清助が上座に座り、下手(しもて)の嘉芽市を囲むように、左右に武三郎と周介が座している。
庭に植えた草木が、薄い陰の中に溶け込み、葉がぽかりと宙に浮かんでいるように見える。座敷の中は、内壁の漆喰が、疎らな光を捉えて乱反射するため、庭とは対照的な明るさを保っていた。
嘉芽市は、清助の怒声をやり過ごしていたが、清助が、息を継ぐため、口を休めた瞬間を捉え、話を切り出した。嘉芽市にとっては、一月の間、ずうっと待ち兼ねていた機会だ。
「御代官様、これを御覧下さいませ。隧道普請の図面にてございまする」
嘉芽市は、持参していた図面を、四人の真ん中に、かさかさと拡げた。
「なあんだ――やることは、やっておるではないか」と、清助は思ったようだ。突っ張っていた顔が、ふわっと緩みを見せた。
だが、嘉芽市が図の説明を始めると、再び、頬を引き攣(つ)らせ、顔を真っ赤っかにさせていった。
「身共が考えまするに、隧道普請は、この図面の記す位置で為すべきと存じまする」
嘉芽市が示した場所は、藩が命じた普請の場所よりも、二町余りも西に寄ったところだった。南側の口は、鼈(すっぽん)の顎の部分にあり、北側の口は、鼈の頭が加茂川の岸にぐいと迫った場所にある。
清助は、頭頂から湯気を立てんばかりの剣幕で怒鳴り散らす。
「亀! 何なのだ、これは? 命じられたとおりに普請をせよ――と、申したではないか! 御家老様の御命を軽んじる行い、全くもって、けしからん。許せぬ!」
周介は、「ほお」と口先を丸め、短い声を出した。武三郎からは、感情が動いた気配が窺えなかった。
清助は、額に青筋を立て、ぶるぶると拳を震わせている。今にも嘉芽市を斬って捨てようか――という激蒿ぶりだ。
嘉芽市は、清助の説得にかかる。
「何卒、お聞き下さいませ。身共が隧道の場所を変えましたのには、ちゃんとした理由がございまする」
清助は、嘉芽市に取り付く暇を与えず、吠えまくった。
「ええいっ、聞く耳なんぞ持たぬわ! そもそも亀なんぞに、普請を任せたのが大きな過ち。ここはやはり、雅兄に頼まねばならぬ」
指名を受けた周介が、憤り荒れる清助を、穏やかな声で宥めた。
「お怒りはごもっともとは存じまするが、亀の言い分も、一つ聞いてみようではございませぬか」
清助は、うぬぬ、と、唸り声を発したが、日頃から尊敬している周介の言葉は無視できない。むっと黙り込み、目線で説明するよう合図した。


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