第三章 南蛮流町見之術 11 (8月14日の投稿から連載している小説です)

「拙者は、これにて失礼致す」
嘉芽市は我に返った。武三郎は、いかつい身体を持ち上げ、立ち去ろうとしている。
嘉芽市が、来訪の目的を訊ねたにも拘わらず、武三郎は、答をまだ返していない。
なのに、地平儀についての情報を嘉芽市に伝えると、「もう用事は済んだ」と言わんばかりの態度を示した。
「武三郎様、栄左衛門様のお話を伝えるためだけに、身共(みども)の屋敷に参られたのですか?」
武三郎は、嘉芽市に視線を合わせてきた。
「拙者の話、お役に立ち申したか?」
「あ、はい。実のところ、出口を見失い、ふらふらと彷徨っておりました。が、今のお話を伺い、解決の糸口を見出せそうな気が致しておりまする」
「それは良かった」武三郎は、目をすっと細めた。
嘉芽市は、武三郎に、うまくいなされた気がした。なにしろ、潮時を見極めたかのような訪問だったではないか。だが、嘉芽市は、もはや、しつこく来訪の理由を追及する気はなく、立ち去る武三郎の背を、低頭して見送った。
それどころではなかったのだ。 頭中には、周介の庵の壁に沿って、びっしりと高く積まれた書籍の山が映し出されている。
「あの山の中に、探しているものがある」
一読したのみで、さしたる注意も払わず見逃してしまった何かがあったはずだ。今の嘉芽市にとっては、金銀財宝にも匹敵する記述が、書物の山に眠っている確信があった。
今すぐにでも、周介の庵に素っ飛んで行って、隅々まで探り回りたい――湧き起こる欲求が、嘉芽市を激しく突き動かした。
ところで、庵で書物を検索するには、当然、周介の了解を得なければならない。だが、今や論敵とも言える周介に助けを求めるなど、嘉芽市の自尊心が許さなかった。
――と、なれば、どうするか?
「先生が御不在の時を狙って、庵に忍び入るしかない!」
正常な頭なら、発想こそすれ、実際に、こそ泥同然の行為を実行する気にはならない。
だが、嘉芽市の知識欲は、はち切れんばかりに膨らんでいる。もう少しで、大きな山を越えられそうな気がするのだ。
「あと三日じゃ」ぽつねんと口にする。

三日後に、周介は、月に一度の回診に外出する。


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