第七章 槌を振れ 9 (8月14日の投稿から連載している小説です

鍛冶は、火炉への火入れから始まる。
次いで、地金(鑿の本体となる古鉄を再生して製造した軟鉄)と、刃金(鑿の刃となる、蹈鞴(たたら)で製造された炭素を多く含む硬い鉄)を火炉で熱し、槌打ちして鍛え一体化する。
再び熱し、槌で鍛え、鑿の形に成型する。成型ができたら、焼き鈍し(加熱し、藁灰の中に入れてゆっくり冷やす)する。
焼き鈍し後、鑢(やすり)で仕上げの成型をし、焼き入れ(加熱後、水で一気に冷やす)する。 最後に焼き戻し(低温で加熱して粘りを出す)をし、水研ぎして仕上げる。
それぞれの工程で、加熱の温度が異なり、材料の色目を見て、適温まで熱したかを判断しなければならない。
また、成型時には、槌を使いこなす熟練が必要だ。慣れないと、思った場所をうまく打てない。
実際に鑿を製造するためには、三月弱しか残されていない期間の早い内に、腕を熟達させなければならない。親分が言うまでもなく、途方もなく無茶苦茶な話だった。
だが、早朝から暗くなるまで、嘉芽市は、時に親分の鉄拳を浴びながら、必死で槌を振るった。親分の手元もよく観察し、加熱の度合いについては、親分が閉口するほどに、質問し、色合いを見極めようとする。
一方、普請現場は、藩士が働き始めたことで、俄然、活況を呈した。鍛冶修行で外に出られない嘉芽市に代わり、武三郎が現場の指示をした。
〝強硬派〟は動きを見せなかった。相手が陣屋の藩士では、手も出せないし、水神の祟りの効果も期待薄だからだろう。
嘉芽市は、研ぎ場の砥石に額を押しつけ、眠っていたのに気付いた。
額の皮に砥石の形が写り、つきつきと痛む。鍛冶修行の疲れが溜まり、鑿を研ぎながら、寝てしまったのだろう。
冷え切った屋外から鍛冶場に入ると、火炉の熱で暖かく感じる。だが、鍛冶場内に、ずっといると、雑な造作の壁の隙間から冷風が吹き込み、案外この風が寒かった。
肩に汗臭い衣が被せられているのに気付く。親分が、修練の最中に寝込んでしまった不肖の弟子の背に、自らの衣を掛けたに違いなかった。
親分は、素知らぬ顔で、緋色に変色した刃金を叩き、火花を散らしている。


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