第七章 槌を振れ 8 (8月14日の投稿から連載している小説です)

嘉芽市は、切刃を離れ、鍛冶場に走った。
火事の後、突貫で建て直された鍛冶場は、焼け落ちる前よりも粗雑な作りとなっていた。屋根も壁も、焼け残りの壁板をまじえた寄せ集めの材料で、できている。
鍛冶場の戸を開くと、小鍛冶の親分が、隆々たる背を見せ、槌を振るっていた。
屋外は凍えそうなほど寒い。だが、鍛冶場内は、火炉(ほど)一つの火とは言え、小袖一枚でも過ごせるほど暖かく感じた。
親分は手を休め、振り返った。
「ええとこに来られましたな。話があるんですらあ。他の小鍛冶が逃げ出してからは、一人で三人前の仕事をしとります。銭を三人分貰わにゃあ、割が合わんですけえ」
親分は、凄みのある笑みを浮かべた。鑿を手にぶら下げたまま、ずいっと立ち上がる。幅の広い身体が視界を塞ぎ、山賊から追い剥ぎを迫られているような迫力がある。
人夫確保のため、これまでも日当の額を引き揚げて来た。小鍛冶の日当は、役夫の凡そ倍だ。その額のさらに三倍とは法外な要求だった。
だが、嘉芽市は、「分かった。三人分を払おう」と、あっさりと答えた。
親分は、拒否されると予想していたのだろう。目を白黒させている。
「じゃが、条件がある。鍛冶の仕事を教えよ。日当を増やす一人分は仕事の分。あとの一人分は儂への教授料じゃ」
呆気にとられた顔の親分の前で、嘉芽市は火種の消えた火炉の前に、どっかりと座り込んだ。
「これから、本気で鑿を拵えにゃならん。一人では足りぬじゃろう。じゃから、儂も拵えるのじゃ。さあ、今から掛かるで。何からすりゃあ、ええんなら?」
いつもは、ふてぶてしい顔付きの親分が、真顔になって諭す。
「鍛冶の仕事は直ぐにはモノになりませぬ。初めの一年は、仕事場の掃除や道具の整理整頓をしながら、作業の流れを覚えるのがせいぜい。僕(やつがれ)とて、一人で槌を振るのを許されるまで、五年も掛かりました。今から始めたとしても、覚える前に、とっくに普請は終わってしまいますで」
しかし、嘉芽市は火炉の前を動こうとはしない。
「教えぬのであれば、日当値上げの話はなしじゃ。鍛冶の仕事が簡単に身に付くとは思っておらぬ。じゃが、「やる」と言うからには、絶対にやり遂げてみせる」
「なんと、無茶な話を……」
親分は、口の中で、ぶつぶつ呟いていたが、とうとう根負けしたようだ。
「分かり申した。鍛冶をお教え致します。じゃが、教える以上は、普通の弟子と同様に扱いますぞ。気に入らねば、嘉芽市様と雖も手を出しますけえ。覚悟をなされますよう」
「ようし、分かった。遠慮は無用じゃ。儂を殴ればよい」


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