第七章 槌を振れ 3 (8月14日の投稿から連載している小説です)

「なぜ、サキは戻って参ったのでしょう?」
「言うまでもないこと。亀が普請で苦しんでおるのを耳にしたからじゃ」
「でもサキは、身共に対し、よそよそしく振る舞うばかりです」
「弥十郎の息の根を止めるまでは、亀とは絶対に口を利くまい――と、神仏に固く誓った、と、申しておる。さすれば、弥十郎を討ち取るまでは、他人行儀を装う他になかろう」
襖の外から、噛み忍んだ泣き声が、微かにさめざめと漏れて来た。サキの声だった。
サキにも、嘉芽市との会話を聞かせよう――と、周介が配慮したに違いない。
「サキからはのう、きつく口止めされておった。じゃが、今、儂が伝えねば、亀が真実を知らぬまま、サキを失う羽目にもなりかねぬ……」
「それならば、弥十郎を討てば、サキは昔のように、身共の許に戻って参るのですね」
周介は黙って顎を動かした。
「御安心下さいませ。サキの仇は、この嘉芽市が、必ずや取って見せまする」
サキに、一生に亘って癒えぬ傷を拵えた男は、普請を破綻に追い込んだ存在でもあった。
泣き声が、襖越しに、くっくっと聞こえた。


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