第七章 槌を振れ 18 (8月14日の投稿から連載している小説です)

十二月十日。田熊の冬では、ついぞ見られない青空が拡がっていた。
澄んだ空気は、肌身を射す冷たさを感じさせたが、一方で、新たな夫婦の誕生を祝う清々しさに満ちていた。
嘉芽市とサキの祝言の日を迎えた。
一日として休む間もなく、隧道現場に通っていた嘉芽市も、今日だけは、まる一日を婚姻の行事と挨拶に費やす。
本来であれば、中村家の慣例で、嫁は、まず客分扱いとなって、内縁のまま嘉芽市の家に入る。家風への適合などを確認しながら、半年近くを経過した後に、正式に婚姻が認められた。
だが、サキは、結婚前の交際期間がじゅうぶんあり、嘉芽市の家を、ちょくちょく訪れていた経過があった。加えて、嘉芽市が、強硬に己の意見を通した。
慣習に拘り、当初は渋っていた宗之助も、最後には諦め、例外的に、即、正式な祝言に及んだのである。
祝宴の場では、寒鮒や鰻、鯉を始め、なまり節などの塩干物を含めて、普段よりも多くの魚介類が振る舞われ、膳を賑わしていた。
新郎新婦は、襖を取っ払い、三つの座敷を繋げた間の上座に並んで座している。
裃姿の親類縁者とともに、茶地の上に藍の小袖を重ね着た組頭どもが、左右に居並んでいた。皆、賑やかに談笑しながら、酒を飲み、御馳走に舌鼓を打っている。
しばらくの間、嘉芽市は、埃と汚れにまみれたサキばかりを見て来た。
それだけに、髪を整え、品よく薄化粧したサキが微笑む様は、心に突き刺さるほど、美しく見えた。
白い幸菱(さいわいびし)紋様の小袖に、白の打掛を纏い、右側に座した新婦を、惚れ惚れと見遣る。
養女として入った宗市の家が洪水で絶えてしまったため、サキの実父・尾島宗一が、自ら呉服屋に出向き、帯、縮緬や縬(しじら)の振り袖、白羽二重の反物、絹足袋などを買い揃えていた。
酒が回り、歌が出始めた頃、武三郎がそっと近寄り、しみじみと口を開く。
「周介殿も、さぞやお喜びであろう。お顔を見られず、残念でござる」
「御具合が、芳しゅうございませぬ。御食事を、お口に運べば、飲み込みはされるのですが、声をお掛け致しましても、一切の御返事をなされませぬ。早く、御快復なされれば、よろしいのですが」
「普請の完遂こそが、周介殿には、何よりの良薬でござる」
武三郎は、分厚い唇から歯を覗かせた。嘉芽市を励ますつもりで、微笑みかけたらしい。
が、なにぶん、厳つい顔には似合わない。鬼が、人を喰らわんと、歯を剥き出したように見えた。
十二月十五日。嘉芽市は、最後の坑内測地に入った。最終となる標を、土壁に刻む。
ついに普請は、不可能と思われた遅れを取り戻していた。


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