第七章 槌を振れ 17 (8月14日の投稿から連載している小説です)

嘉芽市は、透き通った朱色になった鑿を、素早く水に差し込んだ。じゅうっと音を立て、湯気が噴き上がる。
朦々と湯煙が立ち込める中、鍛冶場の戸口が開かれ、武三郎が入って来た。
雨水が滴る長合羽を脱ぎ、板壁の継ぎ接ぎ(つぎはぎ)に無造作に引っ掛けながら、恨めしげな声を出す。
「全くもって、よく降るものでござる」
「今年ほど雪のない年も珍しゅうございます。いつもの年ならば、三日に二日は雪が降るのですが、来る日も来る日も雨ばかり。岩屑を運ぶ者どもも、随分と鬱陶しがっておりまする」
十二月に入っている。掘削は、五十間にもう少しのところまで進んでいた。六間余りを残すのみだ。
嘉芽市は、気懸かりとなっている事項を、武三郎に問う。
「切羽の様子は、如何でございまするか?」
地層の軟化が著しかった。月が変わるのと同時に、地盤を支えながらの掘削工法を開始した。
一間を掘り進む毎に、皮を剥いた径六寸の丸太を、隧道の両端に立て、柱とする。次に、二本の柱の上に丸太を渡して、木枠の形を次々と作ってゆく。
新たに拵えた木枠と、一間手前にある木枠の上に、三寸径の細い丸太を渡し、詰めて並べる。すると、土壁を支える天井ができる。
側壁を補強しなければならない場合は、丸太を積みながら、壁に楔を打ち込み、固定して行った。
――以上を繰り返して行く。
武三郎は、屋根裏から額に漏れ落ちた雨滴を、袖で拭いながら答えた。
「木枠の支えは万全でござる。人夫どもも安心して作事に励んでおるし、大きな問題はござらぬ」
嘉芽市は、毎朝、普請に関わる者全員を集め、嘉芽市が主宰し、祠に安全祈願をしていた。
水神、地神への恭順を、嘉芽市自らが示し、少しでも、人夫どもの不安を和らげようとしたのだ。
また、飯場で、味噌汁を米に掛けて食べるのを禁じた。「山が崩れて来る」と、縁起を担いで嫌う石工がいるのを、耳にしたからだった。


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