第七章 槌を振れ 16 (8月14日の投稿から連載している小説です)

翌日、現場に出た嘉芽市は目を瞠った。堀坂から来た人夫が、早くも働き始めている。
坑口を覗き込むと、掘削の音が力強く、かつ軽快に響いていた。熟練した石工が叩き出す音に違いなかった。
小気味よく、溌剌とした音色(おんしょく)に心を任せると、気持ちが高揚し、身体中に活力が行き渡る気がした。
陣屋の役人に人夫が加わり、普請現場は、市を思わせる賑やかさとなっている。掛け声や笑いが飛び交い、活気が隅々まで満ちていた。
久々に飯場が大忙しとなり、岩屑集めに出た女まで、飯炊きに駆り出される状況となった。
サキも、飯場で働いていた。
弥十郎を討ってから、サキから頑なな態度がすっかり消えた。二人は、以前のように、親しく言葉を交わし合うようになっている。

人夫が戻ってから十日目。普請の期限まで、あと二月を残すのみとなっていた。
「土が出たんじゃあ! 岩を抜けたでえ!」
石工が歓声を上げながら、坑口から飛び出して来た。
報せを聞いた嘉芽市は隧道に駆け込んだ。
すると、立ちはだかっていた岩層の左上に、ぽっかりと楕円状に、土肌が覗いている。
嘉芽市は、遅れて切羽に顕れた武三郎を見付け、駆け寄った。
何も言わず、袖口をぎゅっと掴む。武三郎は、反り返った顎を、大きく頷かせた。
岩層を抜けると、普請の進捗は急激に早まった。
坑口から運び出す土塊の量が増えたため、御役御免となるはずだった役人までもが、再び役夫に動員された。
十一月も半ばに差し掛かかる頃には、隧道の掘削長は、南北を合わせて四十五間に達しようとしていた。
順調を超え、異常なほどの掘削の捗りようだ。
「嘉芽市殿、お分かりか?」
武三郎が、神妙な声で問い掛ける。
並外れた掘削の進捗は、軟化した地層に、間もなく突入する事実を示していた。
今後は、単純に掘るだけでなく、木枠を組み立て、隧道面をがっちりと支えねばならない。
だが、嘉芽市は、指摘を受けるまでもなく、準備に着手していた。
「よう存じておりまする。「悪い山」に備えるため、昨日から、役夫に木を切らせておりまする」
老石工の穏やかな笑顔を思い浮かべるたびに、「もう、誰も傷つけるわけにはいかぬ」と、己を強く縛めていた。事故を防ぐためには、的確に先を読んだ対応が不可欠だ。
人夫の手当にも、既に駆け回っていた。
材木を山から切り出す者、普請現場まで運ぶ者、木の形状を加工する者、隧道内で木枠を組み立てる者――新たに二十人の人夫増員が必要だった。
さらに、鍛冶作業の合間を縫い、山に詳しい人夫を伴って、赤松の群生する山を探し歩いていた。木を切り出す山を選定するためだ。
坑内の木枠に使用する材木は、松が良いとされていた。
松は、粘りがあり、折れにくく、しかも、曲がりにくい一方で、加工しやすい特徴がある。中でも、真っ直ぐで節が少ない赤松材が、理想だった。


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