第七章 槌を振れ 15 (8月14日の投稿から連載している小説です)

弥十郎は、ぎこちない動作で刀を抜き、無闇やたらに振り回して来た。
嘉芽市が横にやり過ごすと、慣れない刀の重みで重心を前に取られ、つんのめる。
すぐに姿勢を立て直したものの、嘉芽市が鑿を振り上げたのを見ると、刀を放り出して、脱兎の如く逃げ出した。
「待たぬか!」
弥十郎の背中は、あっと言う間に薄闇の中に紛れる。
嘉芽市は、「ちっ」と、口を鳴らす。まさか、弥十郎が逃げるとは思っていなかった。
これでは、村人の不安を払拭できない。改めて、討つ機会を待たねばならなかった。
その時、弥十郎が逃げ去った方向から、何者かが近付いて来る気配がする。
やがて肩幅の広い男の姿が、はっきり見えてきた。右手には、大きな頭陀袋のようなものを引き摺っている。小鍛冶の親分だった。
「だらしのう逃げおって、そりゃ、まだ勝負は済んじゃ居らんぞ」
引き摺っているのは、こてんぱんに殴られ、伸された弥十郎の身体である。ひいひいと虫の息となっている。
「さあ、早う、止めを刺されなせえ」
親分は、弥十郎の身体を、嘉芽市の前に投げ出した。
嘉芽市は、鑿を、弥十郎の首筋に打ち下ろそうと構える。
ぼんやりと霞んでいた弥十郎の目が、大きく見開かれ、死への恐怖に怯えた。
「許してくれい」
ぐちゃぐちゃに切れた口元から、命乞いが漏れる。
周囲の村人が固唾を呑んで、注目している気配を肌に感じた。
一陣の風が吹き、降り始めていた小雪を、空に巻き上げる。風は、二度三度と甲高い金切り声を耳元で響かせ、静まった。
「泣き言は無用じゃ。サキの無念を思い知れ!」
嘉芽市は、容赦なく鑿を振り下ろし、弥十郎の首筋を掻き切った。
湯気を上げた返り血の飛沫を、真正面から顔に浴びる。
弥十郎の身体から、力が抜けて行った。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です