第七章 槌を振れ 14 (8月14日の投稿から連載している小説です)

ごそごそと鍛冶場の戸が半開きされた。
鑿の成型を仕上げていた嘉芽市は、作業の手を止める。鑢を置き、素早く立ち上がると、戸口に小走りした。
「弥十郎が顕れました」と、戸口の開放部分から突き出された唇が囁く。
「よしっ、すぐ参る」
親分に聞こえぬよう、声を絞って応えた。
堀坂から走って来た伝令だった。「弥十郎と侍どもが姿を見せたら、報せよ」と、気心を通じさせた数名の村人に頼んでいたのだ。
布にくるんだ鑿を、懐に押し込んだ。親分に用件は告げず、黙礼のみして、鍛冶場の外に出る。
中途で作業を放り出した嘉芽市を、親分は咎めなかった。飛び出して行く理由に、薄々ながら気付いているからだろう。
嘉芽市は武三郎を呼び出し、堀坂に急ぎ向かった。
陽は、既に落ちていた。淡い月光が差し掛ける中に、風花が遊ぶように舞っている。ひたひたと二人の足音が夜道に響いた。
堀坂に到着すると、弥十郎のいる位置は直ぐに分かった。夏風に遷ろう蛍火よろしく、村の中を渡り歩く提灯の光が見えたからだ。
提灯を片手に持つ弥十郎を先頭に、三人の男が続いている。男どもの顔は、陰になって、よく見えない。
「や、嘉芽市!」
嘉芽市らの接近に気付いた弥十郎が、驚きの声を上げる。
誘いを掛けてはいたが、思いの外に早く、嘉芽市が顕れたため、たじろいでいる様子だ。
弥十郎は、後ろに立つ武三郎に気付くと、提灯に照らされた顔を硬直させた。
直ぐに、援助を頼もうと、侍どもを振り返る。
ところが、男どもは、戦う意志を見せず、早くも背中を見せて駆け出していた。
武三郎が発する威圧感から、三人が寄って集っても敵わぬ――と、判断したのか? あるいは、顔を見られるのを避けたかったのか? ――理由は分からない。
いずれにしても、弥十郎が一人だけ、ぽつんと残された形となった。
後ろ盾を失った弥十郎は、提灯をがたがたと揺らしながら、中腰で竦んでいる。
嘉芽市が予め指示していた手順に従い、村の方々に声が掛かった。次々と堀坂の者どもが、周りに集められて来た。
堀坂の者どもを安心させるために、衆人の前で弥十郎を討ち、普請への復帰に支障がない事実を知らしめようと図ったのである。
「ここは、身共一人に遣らせて下さいませ」
助太刀を断り、弥十郎との一対一の戦いを望んだ。
武三郎は微かに頷くと、二人を見守る姿勢を見せた。
嘉芽市は、懐から鑿を引き出し、「弥十郎、覚悟せよ! サキの仇を討つ」と、鋭く声を放つ。
嘉芽市は鑿一つ。弥十郎は二本差し――普通に考えれば、どう見ても、弥十郎に歩がある。
が、嘉芽市は、これまで素手で、何度も弥十郎と渡り合っていた。力量の差をよくよく認識している。弥十郎に怖れを感じなかった。


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