第七章 槌を振れ 12 (8月14日の投稿から連載している小説です)

濡れた砥石の上を、しゅるしゅると鑿の刃が行き来する。
嘉芽市は、一心不乱に鑿の水研ぎをしていた。
研ぎ具合が普通でない。岩を穿つ道具の研磨にしては、刃の先端が必要以上に研ぎ澄まされている。
「道具」よりも「凶器」と表現したほうが適切な鋭利さだった。
常軌を逸した研ぎぶりに、親分も気付いている様子だ。口には出さないが、釈然としない顔で、手先に視線を送っている。
火炉の火が、音を立てて弾けた。
時を合わせて、嘉芽市が立ち上がる。右手には、研ぎ上がったばかりの鑿が握られていた。
「しばらくの間、出て参る」
と、親分に告げ、鍛冶場の戸を開く。
だが、戸口前に立ちはだかった武三郎の分厚い胸に行く手を阻まれた。
「弥十郎なる男を討ちに行くのでござろう」
嘉芽市は、うっと、息を飲み込んだ。
開いた戸口から流れ込む寒風が、火照った身体を、瞬く間に冷やして行く。
「なぜ御存知なので? もしや、先生からお聞きになられたのでございますか?」
武三郎は、如何にも言い辛そうに答える。
「それは……弥十郎が、嘉芽市殿の許嫁を手籠めにした――と、自ら喧伝して居るのでござる」
嘉芽市は、悔しさと憎らしさで、言葉も出ない。
挑発とも思える露骨な行為に、鑿を握る手が汗ばみ、ぶるぶると震えた。
嘉芽市は、「弥十郎は〝強硬派〟に与している」と、感じていた。私怨のみの動機にしては、妨害の程度と、しつこさが過ぎるからだ。
堀坂の住人である弥十郎は、誰にも咎められず、普請現場に出入りできる。ならば、祠荒しや蛇の死骸放置など、人夫を祟りの不安に導く行為も可能だ。加えて、弥十郎が、以前とは違った言動や行動をしている理由にも、説明が付く。


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