清水次郎長を超える山陽の大親分岡田屋熊次郎を調べる(1)

江戸時代、宮内と呼ばれた、吉備津神社一帯は、日本でも有数の大歓楽街でした。そこには、全国で十カ所しかない幕府の許可を受けた芝居の劇場があり、茶屋、遊郭が軒を並べ、最盛期には昼夜を分かたず博奕が行われていたようです。
宮内を仕切っていた大親分は、岡田屋熊五郎と言いました。豪快なエピソードもいくつか残しており、江戸まで、その名をとどろかせていました。
岡山歴史研究会の大月基司さんにご案内を頂き、吉備津神社の周囲を探索し、今も残る、宮内の繁栄と熊次郎の活躍の足跡を調べに出掛けました。

まず始めに訪ねたのは、岡田屋熊次郎の後裔にあたる光畑家です。P1020077

 

 

 

 

 

P1020078

 

家の写真を撮らせて下さいと声を掛けたところ、快く応じて下さったのが、熊次郎の四代目の光畑さん。熊次郎とその妻幾野の位牌まで見せて下さいました。ご好意に感謝!

 

 

P1020080

 

戒名では誰なのか分かりませんでしたが、裏側に、ちゃんと熊次郎とありました。(続く)


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