殺生石って知ってますか9

さらに数十年が過ぎました。

相も変わらず毒ガスを噴き出し続けている殺生石を何とかしようと、朝廷では、幾人もの名のある僧侶を那須野に派遣して、殺生石の邪気を鎮めようとしました。しかし、いずれも、毒気に中って倒れてしまうばかり。

最後に派遣されたのが、下野国示現寺(じげんじ)の玄翁和尚(げんのうわじょう)でした。

この和尚はこれまでと違い、なかなかの名僧。卓越した法力で殺生石を調伏てしまいます。さらに柱杖(すじょう)で三度叩いたところ、石は三つに割れて飛び散り、それからは祟りがなくなりました。元中二年(一三八五)八月十三日の出来事と、やけに具体的に日付までが伝えられています。なお、石を割るような大きな金槌を、玄翁と呼ぶのはこの故事によります。

飛び散った殺生石の三片は、それぞれ美作国高田(現岡山県真庭市勝山)、越後国高田(現新潟市上越市)、豊後国高田(現大分県豊後高田市)に飛来したとされています。なお、三カ所のうちの一カ所が安芸国高田(現広島県安芸高田市)という説もあります。

どうしてみんな「高田」という地名なんでしょうね。本当に落下した場所なので同じ名称になったのか(高台という意味があるようなので)? それとも「同じ高田の地名だから」と、後から、それらしく関連づけたのか? うーん、前者の意見のほうが魅力的だなあ。

ここまでは、かなりの人が知っているかも知れません。でも、このお話には、まだ先があるのです。

那須の殺生石(obaa.jugem.jpより)。 しめ縄をしているのがたぶんそうなのでしょう。でも、三つに砕けて飛び散ったんだから、ここに殺生石があるとマズイと思うんですけど。


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